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サンオブニューメキシコ <アメリカ暮らし>

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2006年 07月 16日

今日こそ〆! ER初体験その3



今日こそ〆! ER初体験その3_e0019614_18989.jpg


あす、渡米
という慌しさ、準備に目の回る日だった 2003 9/30
その日の夜10時近く 実家の近くの鳥料理屋で
Kちゃんのパパ、母、わたしとKちゃんのFarewell?晩餐

いつものように美味しい生ビール
紅く染まったパパの笑顔
Kちゃんは、パパの膝で眠ってしまったのだったね

不安もあったけど、未知、への希望のようなものが勝っていた
見送ってくれた大切な人々
忘れた事はない どんな発見も共に



カーテンで仕切られたベッドが並ぶ広い部屋。
一度だけ、日本で救急センターにお世話になったことがあるのだが
まるきり同じ。もっと広いけれど、雰囲気、造りはいっしょだった。
他の患者さんは2,3人だったか。

ベッドに案内されて横になる。
何かしてもらえる。と、安心感。ブランケット持ってくる?と、
おっかさん、という感じのナースが聞いた。いいえ、これがあるから。
家から持参の毛布で十分だったので。

どんな処置をするのか、説明があったと思う。症状を聞いて
尿を採るよういわれ。

待っていてね、と彼女がカーテンのむこうに消えたあと、ベッドのわきの
椅子に座っているDと目を合わせ笑いあった。
痛みがあるとき、あなたがいてくれて本当に心強かった
といったら握っている手をぎゅっとして笑ったD。

子供達はどうしてるかしら?
1歳半だったジョシュア、泣いてKちゃんを困らせていないか
二人きりで大丈夫?火の元は?
君の処置が一段落したら見に行ってくる、そしてすぐ戻るよ。

処置は、血液検査から。
試験管に何本採ったかな?こんなに採るの?
太い針が血管に刺さって途端に真紅の血が噴き出るのを
ボーっと見ていた。
ナース?は男性。少し70、sのヒッピーを髣髴とさせる風貌。
手馴れていて上手だった。
腕に光る、ネイティブアメリカンの、シルバーのブレスレットが格好よかった。

終わると、<これから、痛み止めの注射をするよ>と。
<なんという、薬剤か聞いてもいいのいいですか?>
<勿論!>  そして彼が言った言葉は、私には理解不可だった。
Dの方を見て<あなたは、知っている?>と聞いたら頷いた。

そして、私に分かる言い方でゆっくり、言い直してくれた。

<あー!わかった、モルヒネね>
この、モルヒネ、思いっきり日本語発音で言っていた(笑)。


<癌末期の患者さんの疼痛に使う薬>と、日本では理解していた私。
今は日本での事情も変わっているのかもしれないが。

アメリカに来て妊娠、出産、代謝関係の検査、等で医療機関にお世話になり
まず感じたのは痛みのコントロールへの寛大さだった。

無痛分娩。私の場合は<なるべく、麻酔なしで頑張ろう>と思ってはいたけれど
破水から9時間経過、陣痛が進まないため促進剤をうって
それでもすすまなかったら帝王切開だよと。
その後襲ってきた、Kちゃんの時とは違う種類の痛みにびっくり。
<麻酔お願い!>とDに。(笑)
(ちなみに、今回のお腹の痛みはこれにそっくりだったのです)

すぐに、アジア系の麻酔専門の方が来て上手に済ませてくれた。
腰に針を刺し、薬剤を注入。針はあとで追加の時に備えて抜かずにおく。

産後のよく言う、<後腹>後陣痛、子宮が元の大きさに戻ろうとする痛み。
これは結構辛い。
日本では、最小限度の痛み止めしかもらえなかった。
薬は我慢しなさい、痛みに耐えると回復が早い。
母親ならこれくらい耐えないとという雰囲気も感じた。

しかし、ここではブーッとブザーを押すとナースがきてくれて
痛くて眠れないので、薬を下さい。と告げると、すぐに持ってきてくれた。

母乳には心配は?大丈夫よ!
ご飯食べてないのだけどのんでもかまわないのかしら?
(日本的感覚だと思うこれは、此処では皆、そんなに気にしないよう)
平気よ、でも、何か持ってきてあげましょうか?気になるのなら、とクラッカーとミルク
などを持ってきてくれた。

まだ薬が必要ならいってね。と、言い残し、去ったナース!
痛み止めも、よーく!効くのだ、これが。

そんなこんなで、<あと、10年若かったら、もっと、沢山赤ちゃんを産んでいただろうな>
と思ってしまうくらいだった。


話が飛びました。


件のモルヒネ、勿論初めての。
針を刺しゆっくり薬剤を入れながら<どう?大丈夫?>
少し、息苦しいような感覚の後すーっと体が芯から弛緩してリラックス感が
体中に広がる、そんな感じだった。

目をつぶりながら、<これがモルヒネか>なんて思っていた。
痛みは遠のいていた。


<もっと必要だったらまだ打てるよ、もしそうなったら教えなさい>(!!)
といった、男性ナース。
痛みは、怖いものだ。
もう、大丈夫なんだな、と
そういってくれるだけで、安心した。


彼にお願いし、家に戻ってもらう事に。
額に口をよせてにっこり笑い<すぐ、戻るよ>と、行った彼。
すごいリラックス感に身を任せて一人、うつらうつらした。



ものの10分ほどでもどった、D。
<二人とも、リビングにマットレスしいて眠っていたよ。>
<暖炉は消えているでしょう?><エアーコンも?>
<うん、大丈夫。>
安心した。

どのくらい休んでいたのかな?
男性ナースも女性のナースも度々様子を聞きに来てくれた。

暫くして、検査の結果を持ってきたナース。
<ひどいいたみという事だけど、検査からは特に異常は認められないの>
<どの数値もノーマルよ。>

<検査の詳細のコピーいただけますか?>
<もちろん、今、コピーするわね>

どんな検査をしたのか、そしてその結果も詳細に知っておきたいので
今までずっと、そうしてきた。お願いすると快くコピーを作ってくれる。
いい機会だから、健康診断など望めぬこの地。

見ても、調べないと分からないのだけどね。

今日こそ〆! ER初体験その3_e0019614_7505388.jpg


こんな風で全部で8枚あった。
アミラーゼ、グルコース、リパーゼ、等くらいなら聞き覚えがあるが、
WBC,RBC、、、NEUTなんて用語はお手上げ。
尿検査も詳細に、妊娠検査まで。

辞す時に、更に<AfterCareInstruction>症状の分析と自宅での療養の指示
この症状が起きたら病院に再度来るように、とのインストラクションも書いてあるものも
いただいた。

Diagnosis:Abdominal Pain  (腹部の痛み)

今回は痛みを特定できる理由は見あたらないが腹部の痛みには
さまざまな原因があるので痛みの原因を特定するには、再度、繰り返しの検査が
必要です。今回は入院や緊急手術が必要な病状は見られない
盲腸炎や膿瘍?(Abscesses)のような深刻な病気は緩い痛みから始まることが
しばしばなので、注意してみていく事が大事。
おそらく、今回の症状は投薬で回復に向かうでしょう。

そして

You should drink only clear liquids such as water,clear broth,7up,sprite,other clear caffeine-free soft drinks,
or sports drinks for the next: 12hours.

7up,spriteというところがアメリカだな、とおもった。

Diagnoses : Gastritis  (胃炎)

胃炎、という英単語今回初めて知った。
日本だったら真っ先に胃のレントゲン検査、ということになるだろうな
と思ったのだけど、それへの言及はなかった。
胃に関する疾病は日本の方が多いのでは?
アメリカは、それより心臓病、糖尿病への意識が強いように思う。

こちらの人は概して胃は丈夫だな、(私より)と感じることも多い日常。(笑)

胃炎という、この診断にも、詳細な説明が7項目にわたって書かれている。そして
痛みが急激に悪化した場合
ひどい嘔吐、吐血、コーヒー様のものを嘔吐した時
大便に血が混じる、及びタール状便
発熱、悪寒が始まった場合には、ERに直ちに戻るように、との指示も。

そして上記ののほかに<処方箋>これも詳細な、
もうひとつ <Patient Excuse>という、証明書?来院し
処置を受け、何時何分に病院を辞しました、という内容でドクターと、私の
サインがなされている書類のコピーと


これは、 make decisions about medical care -医療処置(主にターミナルケア)
に関する意思を明示する、冊子になった書類。
(私はまだ、記入、提出はしていませんが)
  End of life decisions  延命処置について

  Artificial nutrution and hydration 食事が取れない状態に陥っていて
                             流動食がメインの延命処置となった場合
                             それらをとるかするか否か、その意思。

  Comfort care                 たとえそれが、命を縮めることになろうと
                             痛みから解放される処置を優先するか、否か。

  Organ donation               臓器移植  3つの選択肢
                               臓器移植はしない
                               全ての臓器を、提供する
                               下記のものだけ提供(自分で書き込む)

  Autopsy                     検死解剖への意思の有無 有の場合の希望


やはり、この書類の先頭には My durable power of attorney 
弁護士を記入する欄がしっかりと、ある。アメリカだなと思う。


病院を出たのは深夜一時過ぎ。
外に出て、寒さに身を震わせる、余裕を感じた。
彼にありがとうを言って、車に。
お疲れ様。

モルヒネの威力を感じながら、眠ったのでした。
 

     <ER その後に続く。。>

by nao-mischa | 2006-07-16 02:44 | アメリカ事情


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