サンオブニューメキシコ <アメリカ暮らし>

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2007年 10月 18日

江ノ島で古きを訪ねる


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梅雨の晴れ間の6月の始めに、江ノ島、藤沢へ。
こうちゃんが赤ん坊の頃から始まって、何度も連れてきてもらった思い出深い場所のひとつだ。

私達の住んでいた静岡県東部からは、東名高速に乗って秦野か、平塚で降り
市街地を抜け、どこかノスタルジックな、たんぼと飲食店が共存する風景を進んでゆき
つきあたりに、突如、という感じで現れる海と空の拡がり!
に辿り着く、その瞬間がいつも好きだった。

こうちゃんとパパと私の暮らしの中で、一つ一つ増えていった、私達の<お気に入りの場所>
青山のとあるチャイニーズレストラン、横浜、香港、
水炊きの美味しかった京都...まだまだある、その中のひとつが、この江ノ島近辺だ。




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久し振りの、しめった磯の風
日本の初夏の匂いを、胸いっぱい吸い込んだ。

海はいいなあ。

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さざえ、蛤、帆立などが店頭に並ぶ。
店頭でイカを焼くにおい!いいねえ、これが日本!
久しく目にも口にもしていない、磯の幸。
我慢して、さかみちを散策。


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蛸せんべい、有名なんだぞ、見てご覧 とパパ。
生のたこを凄い力でジューーと押しつぶして
紙のようになったタコをパリパリに焼いて、出来上がり。
何人か並んでいた。ので、後にしようか、と。

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激辛と白焼きをいただき

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何を見ても美味しそう、ショーケース?もなんて素敵。
魚貝ラーメンをどこかでいただいたなあ、塩味の。

こうちゃんは、昔のように<どこにでもある、みやげもの>を物色。
おもちゃです(笑)

かくいう私も、むかーしからある、あの<貝殻詰め合わせ>や
貝殻で作った、お人形のペンダント、なつかしいおままごとセット
みたいな、ものに夢中だった。


父が、私が4年生の時に買ってくれたパンダ顔の貝殻の笛。
(御前崎で、だけど)
一緒に、枕に並べて寝ていた、あの笛を思い出した。
何処に行ってしまったのか。たしかにあったのに、記憶だけが宝ものとなる。

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人通りの多い、メインからのびていた横道

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降りてきて、<ツブ貝の串焼き>をいただきました。
パパとこうちゃんは、この後のメインにそなえて、我慢。

メインとは

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シーフード、テラス席、海に面した場所
これらは私の好み(!)なのだけど、いつも無条件にそれを尊重してくれる
パパだった。何度きたことだろう。夏が近くなるとテラス席の開放感をもとめ
或る日、見かけた<お誕生日おめでとうのコーラス>がパパは気に入ったようで
ご自分のお誕生日にここを指定した事も。

バースデイケーキと紙の王冠をかぶってポラロイド記念撮影。
3枚か4枚、実家に大切にとってある。

初夏、リニューアル前の江ノ島水族館など歩き、あそんで夕暮れを待ち
お腹を空かせて、のども乾かせ、
ここのテラス席に腰を落ち着けて、夕焼けと初夏の風の中で
飲む、生ビールのなんて美味しい事。
おちびのこうちゃんを眺めてね。
うまいよなあ!と分かち合うのもたのしく、お食事の醍醐味はこれだなといつも思った。

すきなものばかり。

この日も天気に恵まれた。

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活きロブスター、いつもスチーム。凄く元気に怒っていたのに

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心していただきます。

レモンバターも美味しいけれど、いつもレモンのくし切りと
タバスコをおねがいして、合わせたソースでいただくとまた、格別。
(家ではいつも、これに白出しかナンプラーとチリソースをたして、
かにや茹で蝦に、生春巻きにもおいしいですよ)

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つめの部分を別注文して。

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これも定番のソフトシェルクラブ。

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シュリンプカクテル、かきの磯焼き










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これは初めて、<セビーチェ>

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ここの<ガンボスープ>が大好き!
クミンの香りが効いていてロングライスも香ばしさを演出。
エビやかにをいただくと、ましてビールと一緒だと
温かい、こんなスープが欲しくなる、そしてこの、スパイシーさが
また、食欲を増進する!私はタバスコを5滴くらいたらして、うーん、美味しい!

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こうちゃんは、さらにこちらを注文。
日本の<ハンバーグ>って美味しい、本当に美味しい。
ジョシュアもフレンチフライでご機嫌。

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こんな雰囲気で。


アメリカ行きに、私の方向が定まりつつあったあの頃、初めて
こうちゃんをつれ、住むことを前提としてのアメリカ行き目前の春まだ浅き日。

パパの誕生日。
パパは、<RedLobsterにいこう>と言った。

いつものように、いつものおいしいお料理。写真撮影。
こうちゃんは眠そうに写っている。

いつものように、帰り道、I.Cでの休憩、コーヒー飲むか?
その時の気持ちは、一生わすれない。
<これが最後なのか。まさか。>

アメリカ行きは、私にとっては、パパとこうちゃんとの暮らしを去ることでは
断じてなかった。ただただ、目の前に開けている扉を、あたらしいそれを
あけたいだけであって、かけがえのないものとしての
3人の世界は、むしろ今までより、強い絆として自分の中にあることを感じていた。

今思えば、そう考えていたのは私の気持ちであり、パパや家族達にとっては
寂しさの中で、見送ってくれたに違いない。

何より、幸せの充足感、充実感の只中だった、30代、
私の家族との、そして、パパとこうちゃんと3人での暮らし。

一度きりのこの命のなかで、40才目前、後10年後にはできないだろうという
ことが、確かにある。進んでみよう!

そう思っただけだった。逃げなければならないものなど何もなかったのだ。


<こうして、I.Cで一緒にコーヒー飲むことが、なくなるの?>
体に染み付いた、日常の一こまがなくなる予感は
私に、自分の決断の現実の一面を、まざまざと思い知らせたと思う。

そして、パパの立場での思いを。口には出さない、それを。
<何か、かけがえのない物を喪おうとしているのかもしれない>
言いようのない寂しさが襲った。

<きっと、わかってくれる>

渡米後、GC問題で出国できない状態が続いた時も
母や姉などの家族と共に、常にそばにいる感覚で、連絡を取り続けてくれたパパだった。

確信できる私達の絆、私達の形での。
なにがあろうと、信じ続けると思える、この場所に辿り着いた。
世間の常識?からはかけ離れた形ではあっても
<3人の絆はずっと変わらない>

15,6年前になるかな
夕日に照らされる病院の玄関
東名バスに乗り込んだ私に手を振る、サンダル履き、寝巻き姿のパパ。
私には見慣れないその姿、笑顔
私も手を振り返し、パパが見えなくなった時、堰を切ったように涙が溢れた。
その時に、心を決めた。

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お食事を終えて、道路を渡ってすぐの、浜へ行ってみた。
サーフィンをする人
犬とお散歩する人

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夏の予感に華やぐ、この季節も
秋風が吹き始め、喧騒の名残をとどめる初秋の頃も
冷たい浜風の吹きすさぶ冬も
どれも大好きな大切な思い出の場所。
グレーの砂、ごみが多くて磯の匂いにあふれていても
海の家のあの郷愁
日本の海の匂いをいとおしむ。

またこうして来る事ができて、よかった。
本当によかった。


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by nao-mischa | 2007-10-18 00:31 | 日本里帰り2007夏
2007年 09月 12日

秋の気配



久し振りの更新。
日本から戻り、はや一ヶ月余り。
しっとりした空気の日本から、この、乾燥。悲鳴を上げていた肌もようやく落ち着いてきた。

いいときを過ごせた。
長い滞在だった為か、昔の気分が甦り、また、日本に住んでいるような気分になるのに
時間は掛からなかった。
それが懐かく、温かく、有難かった。

同じように、自分の選び歩いてきた道、月日。
変化し続けてきたという現実が、ありありと胸に迫りもした。
過去への感謝や愛情。未知への<武者震い>のような思いと一緒に。

変わったこと、変わらずにあることも。

何処に?
まだ。
でも、大切なものが何か、何を胸に歩いてゆくのか
日々、確信が深まっている、
怖いものなど無い、さすらいの(笑)毎日だ。

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久し振りの日本の夏。
緑の濃さ、とりわけ田んぼの圧倒的なひろがりが印象的だった。
梅雨の晴れ間の強いおひさまに照らされた、一面の緑。
草いきれ。

何度も、井上陽水の歌が浮かんだなあ。



今日はここ、アルバカーキでのこの頃を。
元気に忙しくしています。

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よく通る道。この日は<Wild Oats>というオーガニックマーケットへ

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これが買い物の目的。
帰国中に検診の葉書、久し振りの血液検査で、とうとう来た
<中性脂肪><γGTP>値の要チェックのお知らせ。

FishOil とスピルリナです。お魚はどうしても、食べられないここ、アメリカ内陸地。


或る日の朝ごはん。

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ぶっかけうどんは癖になるおいしさ。
アメリカでも生卵いただいています。
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めんつゆ(手作り)ポン酢(これも手作り)揚げ玉(日本から持参)七味
冷たいうどんで。

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朝、学校へ行く前のこうちゃん、13歳がかけたDVD。
サザエさんのお宅のインテリアが、<昭和>のままで何だか嬉しい。
黒電話。門構えや、廊下に電話台、ちゃぶ台、食卓の席順などなど。
離れて見る日本は、なんて、あたたかいのだろう。

でも紙幣は、最新なのね、と発見した。夏目漱石だった。

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大好きなにんにくむし。海老とかに。
にんにくとしょうがのみじん切りをピーナツ油でゆっくりいためて香りをだして
XOジャンを足し、白だし(ナンプラーでも)をふったえびかにの上ににんにくしょうが油を
かけてラップしてレンジで一分、プラスα。

自家製のねぎ油とラー油、ねぎをのせて、ビールに、ワインに。


ジョシュア、3歳の誕生日。
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ちょっと違った世界で生きているこの子。
私の顔の下に回りこみ笑いかけてくる、私を探して泣く、おサルのように抱きついてくる
おひさまにむかって手を差し出し、しあわせそうに目を閉じるジョシュア。

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だっこして私を見る黒い瞳。
うん、そうね。だいすきよ。
言葉がなくても成り立つ会話は、確かにある。
(これはジョシュアとだけに留まらず、最近感じることの多い思いだ。
国籍や言語の違いがあろうと、生きる者として何か深いところで思いが通じ合う瞬間が
確かにあると、違いを超越したところにある人の繋がりを実感できる瞬間を
感じられることを幸と思う、そうして生きてゆきたいと思うこの頃)



ジョシュアが見せてくれる、知らなかった新しい世界のすべてを
甘受したい。この子の輝きをみていきたいな。

不思議に、<この子が普通の子と同じように。。。だったら>
と、考えた事は一度もない。これがジョシュア、とすんなり受け止めることができた。

泣いたのは一度だけだった。自閉症の疑いあり、と知った始めのころ、
可愛く遊ぶジョシュアを眺めていてふと、おとなになったら?
私はずっとそばにはいてやれないのだ、
ずーっとあかちゃんのままでいられたらいいね
ママの可愛いジョシュアのままでずーっといられたらいいね
そんな考えが沸き起こって、でもできないのだ、
何も知らないジョシュアを抱き寄せて、泣いた。
その一回だけだ。
けれど、本や他の媒体で触れる、自分以外の人々のお話は私を泣かせる。
<可哀想>ではなく、なにか心震わされる感動、力となって。


以来ジョシュアが、可哀想とかよぎりもしない。これがジョシュア、私達の道。
私にも、新たな何かを与えようとしてくれているのだ
見せてくれる世界を大切にしてゆこうと心底、思えたのも不思議だった。

<Quality Of Beauty><Noblle>
ドクターがそう、評したジョシュアの動き様子。

先日、ちょっと大掛かりなEvaluationを終えた。
また詳しく記したいと思うが、これからまた新しい取り組みが始まることが楽しみだ。

2-3日後には<音楽教室>が始まる。

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夕日の凄まじいほどの光、美しさ。
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EUBANK沿い、チャイニーズレストランそばの風景
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自宅へ続く坂道。
この一年で、すっかり変わった奥の風景。ただの砂漠の空き地だったのに
大きな住宅地ができつつある。

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そう、日本で送った船便小包、第一便が届いた。
一ヵ月半かかった。

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日本での日常が甦る。母の顔が、実家のようすがありありと。
お疲れ様、よくたどりついたね。

スイカの箱が郷愁を誘う。(笑)

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大好きな塩ラーメン。


読書熱もまた、たかまっていて
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時間が足りない毎日。
日本からも一杯買って帰りました。重かった。
また、ご紹介します。

日本の夏2007は縦割り??に描いていこうと。
食べ物編、小旅行編、風景編、過去を訪ねる編,等等。

どれから始めようか、そんな事をいっているとまたお正月が来てしまう!


日本でお会いできた皆様、逢えなかったけど逢いたかった皆様へ(あなた)
元気です。いつも心にいます。ありがとう。
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by nao-mischa | 2007-09-12 23:30 | 日々
2007年 03月 02日

ついに再訪叶う!思い出の店 里帰りPart6


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こんなのどかな一画に そのお店がある

12/21
今朝も美味しい朝ごはん

里芋と白菜のお味噌汁を母が作ってくれた。あたたまる。
書いていて、また食べたくなってしまった。

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ご飯の美味しさも、やはり日本。アメリカでもCA産のコシヒカリ種、ササニシキ種
秋田こまちもひとめぼれも手に入るけれど、何かが違う。
炊き上がりが、硬くなってしまうか柔らかすぎかどちらかで炊き立てはいいけれど
少し時間が経つと、団子のようになってしまう。お米は美味しくないと!!
概して日本より小粒。冷ご飯の味で分かる気がする、美味しさが。
色々試したけれど、<田牧ゴールド>がよかったかな。


さあ、きょうも皆で活動開始!母の運転でゴー!
まず、近所の小さな郵便局へ。国際船便の郵送料金表をいただくため。
職員さんは3人ほど。母がアメリカへ(私に)送る際いつもお世話になっている皆さんだ。


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幟も懐かしく微笑ましく 日本の風景

そして転入手続きに<支所>へ。(私はGC保持、米在住の日本国籍で
海外在住中という手続きはしていない。前回、里帰りの時は住まいを閉じるのに
精一杯、住民票移動できず、そのままだったので今回,実家へそれを移したのです)

こんにちは、と入ると職員の方皆さんが挨拶を返してくださる。どうぞお座り下さい、
今日はどんな御用で、とその日本語!と丁寧さに感動してしまった。
見ず知らずの人にも、日本語で話せる、その理由だけで懐かしさと親しみを感じることに
<畳み掛けるような英語>の世界にいたのだなあと、しみじみ感じた。

こうちゃんのパスポート申請のための戸籍は、本籍が此処ではない為とれず。
お昼の後、沼津へ向かう事になった。


こうちゃんとの合言葉 <帰ったら、まず、○○のラーメン>
どんなに焦がれたか、待っていたか。
私の、こうちゃんの、そして我が家族皆の一番のお気に入りのお店。
母の家にそろうと、<○○でお昼にしよう!>父の墓参りの帰りも皆で。


私にとって
<一番美味しいラーメン>は、ここ!いろんなグルメな新しいラーメンもいいけれど
それらを超越した心のふるさとのような、思い出にも溢れた特別な店なのだ。
(ラーメンのもここが一番!)





昭和58年の一月、新しくできたお店があるよ、と雪の降る日
父に連れられて家族で来たのが始めだった。ずっーと前にメニューからなくなったが
父は<ちゃんぽん>を頼んだ事を憶えている。
その父は、2ヵ月後交通事故で亡くなった。(もうすぐ命日ですねお父さん!)

とあるローカルせんの小さな小さな駅の出口、その正面。
<お急ぎの方、ラーメンとラーメンセットは早くできます>なんてメニューにあった。
<中華料理>の赤い暖簾もそのまま。
開店前に行ったのだけど、外にはもう、待っている人が。
急ぎその後に並ぶ。
地元の人々に人気のお店なのだ。入れなかったこともよくあった。

ほどなく、白衣の奥さんが顔を出し、準備中の札をくるりと裏返し
<どうぞ>と。嬉しくて嬉しくて!
何にも、変わっていなかった店内。
いつもNHK、天井据付のテレビ。
赤いカウンター。お冷の機械、その横の雑誌用本棚。
22席程のこじんまりした店内はあっという間に一杯になった。

本棚から、<女性自身>いつもそうしていたように。でも
週刊誌を読むのは何年振りだろう。これもわくわく。
そうして待ち、ついに再会の、この一杯!

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此処に来るといつも、決まって<広東ラーメン>
甘さのない、キレのいいスープなんです。
つるつる、プリプリした麺が、気持ちよさそうなくらいタップリのスープに泳いでいる。
最後まで伸びない。
そして、<具>の素晴らしさ、写真でお分かりいただけるかと。
椎茸は丸ごと。肉厚でとろみとスープの美味しい脂をこれでもか!と含んでいるので
あちち!やけどしそうな、でもその美味しさといったら!
白菜もしゃきしゃきでありながら、甘みが出ている。どのお野菜もそう。
素人にはできない業。(プロでもここまでできない人は一杯いると思う)
↓に見える、豚肉さんも。
衣で包まれている。きっとこれはロースかな?溶けるよう。
で、うまみたっぷり。


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きくらげ、小エビ、そしてウズラの卵(嬉)は最後にとっておくスペシャル!

なんでもおいしいこのお店。
餃子も一番!

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一人一皿、ぺろりと入ってしまう美味しさ。しつこくなさ。
わたしはご飯も頼み、夢だった
<おいしい餃子と、ほかほか銀シャリ>まで堪能した。

興奮して、こうちゃんと母の頼んだ物の写真を撮るのを忘れてしまったこの日。

別の日に行った時の写真

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近所には、こんな古い店舗跡。

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戦後すぐ?それとも、昭和30年代くらいか?
米軍はその頃、このあたりにもういたのだろうか
(富士の麓にCampFujiが今現在もある)
<波止場>という文字が消えかかっている。飲み屋だったのかな。
この写真を撮るまで気付かなかった。

子供の頃は、ここはこのあたりの子供が集う、駄菓子やだった。
狭い店内、壁をびっしり埋め尽くす駄菓子、ちっちゃな玩具類。
目立つ所にくじ引きがあって、<いじわる>と評判のおばちゃんにお金を払って
ざらばん紙のくじを一枚引っ張る。
はずれ の景品は何だったのかは忘れてしまったが、いつもまぶしく眺めていたのは
丸い串カステラ。お気に入りは<ニッキの皮>
少女の心に訴える<リリアン>の蛍光色。
弟が熱中していた<仮面ライダースナック>のカード集め。(懐!)
これも買う?首を振ると、不機嫌な顔を隠さないおばさんも結構
おもちゃに詳しかったのでは?品揃え豊富で、ないだろうな、というような
弟の欲しい、プラモデルなどびっしりの店内からすっと取り出したりしていた気がする。

あの頃は、引っ越してきたばかりだったのだ。
夜が明けて、初めて見た富士山の威容におびえていた事を思い出す。

このあたりは富士山を望む小さな駅前商店街(だった、というほうがいいかな)
おでんを食べられるタバコ屋さん兼床屋さんもあった。(おでんはないが今も営業中)
床屋さんは弟の行きつけ。
来ると、必ず<おだちん>をもらえるから!10えんとか20えん程度のね。(笑)

壁につけられた簡単なテーブル、赤いドーナツ型パイプ椅子。
あの、いい匂い、思い出す。

時を忘れて入り込んでしまう、郷愁の日々。





車で40分、戸籍を取り、その足でパスポート申請書類提出へ向かい
目に付いたドラッグストアの品揃えにまたまた、狂喜し。

帰り道にある、大型ショッピングセンターで夕飯のお買い物。
すみ石鹸、入浴剤、シャンプー、etc。。
100円ショップでも母がたくさん買ってくれました。。

みんな疲れている様子。
お風呂に入ってゆっくり。

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<なんとか地鶏の手羽串>母と おいしそうね、と買ってきたもの。
いやー本当においしかったですよ。アメリカでは食べられない。

水入らず。
<渡る世間は鬼ばかり>を一緒に見ながらいただいた。
こうちゃんは早々に眠っていた。

あちこち回って、疲れたね。
お母さんお疲れ様でした。

2003年 前回の里帰りの際も行った○○ラーメン
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by nao-mischa | 2007-03-02 01:23 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 04日

日本里帰りPart 4 初らーめん

  
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9時頃、起床、と書いたけれど日記を見たら、6時には起きたようだ。
朝が早い母は、既に起きていた。<もう、おきたの?>

朝ごはんは
玉子焼き 豆腐のお味噌汁 母手作りの白菜のお漬物 炊きたてつやつやご飯!
お茶碗に3ばいお変わりしたけれど、まだ食べられそうだった。
しみじみ美味しかった。お漬物はこうちゃんのお気に入り。
漬けて待っていてくれたらしい。
玉子焼きは、これだけは、私にとって母のつくったものにかなう味はない。
お弁当の、家族で出かけたお昼の、そして朝ごはんも彩った思い出の味。

そして、熱く、濃く、薫り高いお茶。懐かしい湯呑みで。

一人で暮らす母の、こじんまりした台所。ダイニングテーブルは
私とこうちゃんの使っていたもの。棚の中には孫達の写真の数々。
私がアメリカから送った、ジョシュアとこうちゃんの写真もあった。
2003年の9月に撮った、私と母の写真も。

<クレマチスの丘>へこうちゃんと3人で行った時。
こんな風に、よく3人で出掛けた。けれどこの時は
アメリカ行き目前。様々な仕度等に追われる私を、母はどんな思いで
見ていたのだろうと、あらためて考える。

(母も私も植物が好き)花を見て回り
こうちゃんはチョコレートケーキを食べ、シャツに
チョコのしみをつけていたなあ。

その、白い壁のカフェ、オリーブの鉢植えの傍で
こうちゃんにシャッターを押してもらった写真。

たった3年少し前なのに全てが懐かしく遠く感じられるのは。

40歳を目の前に、今しかできないという確信
未知への好奇心と希望にあふれている様子が、眩しい。
充実の日々の中でした、決断。
今は、それを黙って見送ってくれた、見守り続けてくれた母やこうちゃんのパパ
大切な人々の当時の思いや、<Sinsere>みたいなものが
胸にしみる。


年代ものだった冷蔵庫は無くなって、<これくらいがちょうどいい大きさなの>
新しいものに変わっていたのと、キチンの床がフローリングに張り替えられていた。

<いいね>

冷蔵庫の上には前と同じように、小さなテレビ。
母の今のお気に入りのモーニングショーは<みの もんた>のなんとか(忘れました)
という番組。
当たり前だけど、日本語。
お金を払って取り寄せて観ていた日本のテレビ番組、なのだった。
CMも食い入るように見たし、変わっていないローカルなものには
大笑いした。

新聞。配達されるんだったなあ。
広告も楽しんで見て。。

<お風呂入っていい?>
ながーいこと、これも待ちわびていた、実家のお風呂。
入浴剤をいれて、熱めのお湯、首まで浸かった。
椅子に腰掛けて、シャンプー。タオルで髪を巻いて隅々まで
体を洗う!

入浴方法はどうしても馴れる事のできないアメリカの生活様式のひとつ。

バブルバスでからだをこすって、泡のついたままお風呂から上がるのは
私にはできない事。
シャワーの時も、韓国系のショップで買った風呂の椅子を使い
シャワーを止めて体を洗ったり、苦心して日本式入浴に近づけようと試みていたのだ。

<ああ、かえってきたんだ>
こうちゃんとジョシュア3人でお風呂に浸かって写真を撮ってもらった!






姉から電話があった。 <かえってきたよ!> よかったねえ、と、いつもと同じ様に話す
そんな姉のやり方が懐かしかった。

そしてパパからこうちゃんに電話。私も替わり、お昼のお誘い。
こうちゃんも私も<ラーメン!!>
どんなにどんなに、夢見ていたか。

お母さんとジョシュアも勿論一緒に、ヌマズへ向かう。
かつて住んでいた町。

東名高速への道。よく晴れた日だった。陽射しの温かさ。

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信号機、看板、景色のすべてが懐かしく嬉しくて
変わってないね、などと思いつくまま母たちに話しまくり(笑)
こんな写真も撮ってきました。



さて、目指した懐かしのラーメン屋さんは<ハルビン>
こうちゃんの学校のすぐ傍にあった。

<街の中華料理屋さん>といった感じのこのお店が開店したのは、
確か、こうちゃんが幼稚園に入園した頃?
店名のハルビンは正しくは、中国の都市名の漢字。
赤い外観。箱席が5-6つ、奥に、円卓のある畳敷きの座敷がひとつ(ふたつ?)
こじんまりした、あかるく整頓されたお店だった。

テレビが天井の下にあって
生ビールのポスター ― 浴衣の女性の ― が壁にあって。

アクセントのある日本語で<いらっしゃいませ>と迎えてくれるのは
奥さん。ご主人が厨房。
おそらく、中国出身の奥さん、注文取りから配膳、会計まで一人で
流暢な日本語でこなしていた。
声が良く通って、常に笑顔。 頭には白い三角巾。
そして、<マルコメくん>がふたり。時々奥から客席に顔をのぞかせたり
喧嘩したり。上の子がこうちゃんと同じ位の年齢だった。

お互いの子が同じ幼稚園に通い、近くに住んでいてよーく
行き来していた姉と、よくお昼をたべにきたし、幼稚園ママの友達や
母、パパとも来た。

いつも、<うまにラーメン>だった。細い麺がなんだか独特の香りと食感で
スープや具も他には無い美味しさ。
<タンメン>はタップリの野菜と、にんにくの粒も沢山スープに入っていて
<ボンゴレの味みたいね>と、姉と話したことがあった。
風邪なんて吹き飛びそうな栄養タップリの一品!
ラー油をたっぷり。

普通のラーメンはこうちゃんのお気に入り。きっと昔の支那そばって
こんな味なのだろうな、と思うような麺のかおりと
にぼしを感じる、すっきりでいて、美味しい脂っこさのある、しょうゆ味。
メンマも美味しかった。
チャーハンは、茶色、これも美味しい!!

後で喉が渇くのだけど、それがどうした!しょっぱいのかなあ、でも、美味しいから
いいじゃない! これがラーメンの醍醐味だった、その昔は。

後、忘れてはいけないのが<水餃子>
あつあつ、もちもちの皮の美味しさ、お肉とにらと
噛むとじわーと出てくる、スープ。なかなか、出会う機会の少ない
本物の水餃子、欠かさず注文していた。

各中華一品料理も充実。
そして手羽揚げなどのおつまみ、肉野菜炒めなどの定番も
レバニラ炒めは<これならわたしもたべられる!>
と、感じた素晴らしさ!だった。

生中二つですね、ワカリマシタ!
冷凍庫で冷やしてくれてあったジョッキは霜に覆われて真っ白。
乾杯!して飲むビールが空腹にしみる。
メンマなど、素朴でおいしいおつまみもいい。
テレビをBGMに小さいこうちゃん、パパとの、そんな安らかな日常。

出入りする度に鳴る、チャイムの音。
過ぎた日の、楽しい思い出のひとつが心にひろがるお店、として
アメリカで帰国を待ちわびる日々の中、何度思い出したかしれない。

再訪をこうちゃんと二人、楽しみにしていた店のひとつ、ハルビン。

懐かしい道を通って辿り着いた私達の目に入ってきたものは
<貸し店舗>
の、張り紙だった!

<!!>
言葉を失った私。
待っていてほしかったな。
でも、時が過ぎてゆくという事
こうしてすべて変わっていくのだ、とも思った。

忘れない。今も私の大好きな、想い出のお店。


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渡米直前の<ハルビン>の写真見つけました。
お店の皆さん、お元気でいらっしゃる事を祈ります。



気を取り直して、近くにある、これもよく行った<力家>というラーメン屋さんへ。
此処は、何にも変わっていなかった。
そしてここも、思い出すたび<たべたーい>と思う麻薬のような美味しさ。

年季の入った暖簾。
お店に入ると、もわっと、ラーメン屋さんの、あの<獣匂>に包まれる。
食欲に火!を点ける、あの懐かしいような。

ああ何年ぶり!待ちわびた、日本の、ほんもののラーメンがすぐそこに!!
自分で書いていて、恥ずかしいくらいだけど、本当にそんな気持ちだった。

いつもここでは、ラーメン(ふと麺 or 細麺) 小チャーハン のセットだった。
今日もそれを注文。
ビールのマークのお冷グラス。
テレビ。
カウンターでお店のご主人と話すお客さん。

いいな、この雰囲気。


そして...
感激の、初ラーメンが目の前に



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もうね、いいにおいで失神直前。
気合で写真を撮ったけれど、眩暈にも似たこの、過ぎる幸福感(笑)。

一口、すすって
<美味しいね~~、こうちゃん。。涙出そうに美味しいね>
母と、パパが笑って見ていた。

この、ナルトのかわいらしさ! コクのあるスープである事が分かっていただけると
思うのだけど。
のりの薫りも芳しく..

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チャーハンも感激の味!
なぜこんなに美味しくできるのか!
ここでも、なると(笑)
細かく切られたなるとチャンがいいお味(そうです、私は、なるとファンです)

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ぼけているけれど載せてしまう!
餃子も美味しかった!

ジョシュアも、思ったとおり、パクパク良く食べ、気に入った様子。

ラーメン、おかわりいけそうなくらい美味しくいただいた。
勿論、スープも残さず完食。


この後、MiniStop へ。
此処のソフトクリームの大ファンのパパ、私、こうちゃん。
私はここで <DHC Q10ミルク>を購入。
アメリカの通販では36OR 38ドル、此処では1500円。
量の確認はしていないけれど。
(後に980円の底値を見つけてくやしかった。。)


帰宅後、姉と姪と甥がやってきた。
玄関から<こんにちはー!>の大きな元気な声。
聞き覚えのある声とは違う、おとなっぽい声の15歳。

声のほうに行き、びっくり。あの、Yくんが、、、、。こんなに大きくなったなんて。
12歳ー15歳。変わる時期だと、覚悟はしていたけど、成長振りに驚いた。
ずっとこうちゃんと<キャッチボール>することを楽しみにしていてくれたこの子。
ふたりで外へ行き、早速始めていた。

姪っ子のRちゃん、もう高校生。お顔はずっと変わらない不思議な子。
でも、バレエで鍛えたすらりとした様子に大人っぽさがただよい始めているのが分かった。
<○○ちゃん>と私を愛称で呼ぶ子。(甥っ子もそう)
この子の視点から、流行、芸能関係、ファッションなどいまどきの
お話を聞くのが、昔から好きだったけど、今回も色々教わったね。
のだめカンタービレ、きもかわいい、プリ帳...。

姉は全く変わっていなかった。
始めに玄関でこうちゃん!!なんて大きな笑顔で私達を見て。
そして以前のような話し方。ああこうだったな、お母さんの家で皆で
こんな風に過ごして。。
と思ったのもつかの間。
アメリカにいたことなど、うそのよう、ずっとここに
住んでいるかのような気持ちに、すぐになってしまっていた。

受験生のYクン、こたつで塾の宿題を始めた。ジョシュアは彼がお気に入りのよう。
邪魔ばかりするジョシュアを見て<かわいい!>を連発するYクン。

パパと一緒に<バッティングセンター>へ行ったこうちゃん。
これも、こうちゃんの念願。
昔、パパはよくこうちゃんを連れて行ってくれた、男同士、二人の時間も
いいね、とほほえましく送り出していた。

お迎えの車に押さえ切れない嬉しい笑顔で乗り込むこうちゃんと、同じくらい
嬉しそうなパパを幸せな気持ちで見送り。

私は、母と近くに新しくできたスーパーへお買い物。
歩いて2-3分!

<SunSunクック>
スーパーへ行くのも、待ち望んでいた事。
全てが輝いて見えた!

沢山の日本の野菜。白菜、シメジ、みぶな、ゆず。。
豆腐、こんにゃく、しゃけ切り身、お刺身盛り合わせ
各お惣菜。。。
全て、限られた品揃え、保存状態も不確かな商品を<約、2倍>の値段なので
厳選のうえ購入し、大切に大切に使っていた日本食Inアメリカ
(私の住んできたエリアはそうだったが、地域によって事情は異なります)
だった。

宝の山!

あれもこれも、かごに入れたい気持ちを抑え、母と相談しながら今夜の
晩餐を選んだ。

まずは春菊のおひたし。

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スーパーのコロッケをずっと夢見ていた。こんな何気ないものが
恋しくなるアメリカ暮らしです。

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かりっと焼いて、生姜醤油、おかか、七味をかけて。
豆腐のあまみのある厚揚げも手に入らなかった。
ああ、しあわせ。


母と、<細木数子>の番組をみておしゃべりしながら
これらのご馳走と、<キリンモルツ>をいただいた。

知らない間にこんなに大人気になっていた細木数子さん。
一度、だいぶ前にアメリカで<ずばりいうわよ!>のビデオを買い、見たことがあった。
大人気なだけあって、面白いなあと思った。
母とおしゃべりしながら見るから、更に楽しめたのだろうな。
ツーといえばカー。
思ったことそのまま即座に、口に出せる気楽さ、幸せを
かみしめ。

石油ファンヒーターの匂いと温かさも嬉しく懐かしく。

ジョシュア君、1時過ぎまでらんらんに起きていました。
寝かせた後、ふらふらで眠った。
全身筋肉痛!!

重い手荷物、抵抗するジョシュアを抱え歩いたそのせいでしょう。
2-3日は、続いた。

明日から、役所関係の各手続きを始める。
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by nao-mischa | 2007-02-04 23:52 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 01日

日本里帰り Part 3 到着の夜ご飯-12/19


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懐かしい日本の風景
日本語の(!)高速の案内看板
回りを走る、日本車の数々。
中でも新鮮に見えたのは、軽自動車。
小ささ。その数の多さ。そしてバラエティ。

渋滞を知らせる電光掲示板。
高層ビル群。超!!高層マンション。
闇に沈んでいた東京湾。確かな<水>の気配。

睡魔にひきずりこまれながら、目を奪われ、また、意識朦朧とし。。。

<東京タワーだよ>
パパが、これまた寝ているこうちゃんを見るよう促す声ではっと外を見たり。
(リリーフランキ-の本を買わなくっちゃ)
痛い首を伸ばし、また眠りに。





渋谷で食事をすることに。
パパと3人で月に1、2回は来ていた馴染みの街。
これもいつもそうしていたように、西武に車を入れる。
省スペース。後ろ向き駐車。欧州外車の多さ。
日本を実感する。

風の強い夜の街へ。

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若者が行きかう渋谷の街中に少し不似合いな<龍飛>という割烹を目指した。
よーく来ていた思い出の店。
店頭の生簀にはすっぽんまでいた。
ふぐ、すっぽん、各種お鍋も食べられて、お食事はもちろん
居酒屋料理というより、少し格上の一品料理もあった。
ふぐ刺し、ふぐ天ぷら、手羽焼き、帆立バター焼き、焼きおにぎり、秋はいり銀杏
焼き松茸 などなどが好きだった。
まぐろも、やはり東京(築地のそばだから?)いいものがいただけた。

アメリカで何度ここのお料理を恋したか。
しかし。。
残念な事に改装中で、涙と、唾も、のんだ。

お店を探して歩く喧騒。
ぶつかりそうに歩く人々。
ラーメン屋の裏から流れる、魅惑的な香り!
吉野家の看板。コンビニ。ドラッグストア。
目を奪われっぱなし、浦島太郎の気分だった。

此処にしよう!と決めたのが<月の雫>という初めてのお店。

喫煙席があることに驚いてしまった。
でも、すぐ思い出した。そうだったなと。

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生ビールで乾杯!
これもアメリカでお目にかかれない、日本のおいしいもののひとつ。
きめ細かい泡。生きている泡の喉越し。かおり。
パパは運転なのでウーロン茶。で、私だけいただきました。

時差ぼけとビールでますますぼんやり。
次から次に来るお料理。全部憶えられなかった。。

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夢のように新鮮なお刺身が
口でとける!



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歯応え抜群!
 


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やまいも、大根サラダ。なんて繊細なお料理のセンス!そして健康的!
ハンバーガー体質も改善されるよ!夫に食べさせたい。


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元気だった?久し振り!逢いたかったよ。
涙の再会 そしてお口へ。

あま~~~い!

こうちゃんと分け合っていただき、昔と同じようにそういったら
パパも、昔と同じ顔で、嬉しそうに笑って見ていた。

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お寿司
正真正銘の。これがお寿司です!


何が食べたいか?何でも頼めよ。
こうちゃん、つくね、から揚げもたいらげていた。
この雰囲気、懐かしく幸せだった。


掬い豆腐も感涙モノのうまさ。。
私はやはり、日本人。

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高菜チャーハン
鷹のつめの輪切りが、ピリッと程よい辛味を演出。
これも、高菜の味を活かす、ほどよい醤油の香ばしさが食欲を刺激する。

此処はお豆腐料理が売りのようだった。
落とした照明、個室風つくりの客席。
従業員の対応もきめこまかくて、お料理もよかった。

どんな話をしたのだったか。
逢ったら、これも話そう、あれも話そうと、長い事思い続けてきたのに
ただ、昔にそのまま戻った様。ただただ、リラックス。
かなり、ぼんやりした頭で
それでも母の、パパの傍にいる幸せをかみしめた。

二人とも、一週間とおかず、電話でお話していたしね。

せめて、お礼はきちんと言った事を祈る私だ。

待ち続けていてくれた事
(心の)傍に居続けてくれたこと
心配かけてごめんなさい、も。

店をあとにして、ジョシュアの牛乳を買いに寄ったファミリーマート。

おにぎり、お茶のペットボトルの数々、お弁当、インスタント麺。。。
魅惑の光を放って私を誘っていた。
こうちゃん,<メロンパン>を買ってもらった。

車に乗るなり、爆睡してしまった。
インターを降り、すぐに懐かしい家、という所で目が覚めた。

ああ、本当に日本だ。見慣れた風景。

もっとおかしな、或は久し振りの感覚に包まれるのではと思っていた。けれど
日本にいた頃、よく、そうしていたように
30分のドライブで、こうちゃんを連れ、母のところに遊びに来た
その感覚と同じだったのには驚いた。

3年のブランクなんて嘘のようだった。

実家の匂い。
何も変わっていない。
私が生まれる前からある、柱時計の
時を刻む音。少しの間だけ、懐かしく、すぐに、ずっとそうだった様に
体にしみこんでいくのを感じた。
床の感触も。すべて。

お布団が敷いてあった。
いつものように、濃い熱いお煎茶を入れてくれる母。
こんな、ほっとする気持ちがあったなんて。

幸せな気持ちで、布団の感触を味わいながら眠った。

9時頃には目が覚めた。
母がいた。
日本だった。
姪っ子のバレエのパネルの数々が見えていた。

さあ、美味しい朝ごはんが !
日本式のお風呂だ!!朝風呂だ!!
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by nao-mischa | 2007-02-01 23:21 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 01日

日本里帰り Part 2 出発_到着の夜


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もうすぐLA



もう、2月。
ここ、アルバカーキは今朝、何度目かの雪景色でした。

時を戻して。。



12/17 の早朝ABQ発 LAで乗り換えし成田へ向かう。
3年振りの国際線、<魔の二歳児>を連れ、夫なしでのフライト、ということで
ANAを選んだ今回。
米系のエアラインより、なんとなくだが安心できる気がしたので。

前日は夕方の4時から8時頃までやすみ、そのあとは準備の仕上げだった。
やっぱり、おにぎりとゆで卵を用意。もはや、恒例。
偏食気味のジョシュアもおにぎりは大好きだし。

心配は、パパとお別れの時のこと。眠っていてくれればいいのだけど、なにしろ
人と離れる時ひどくないてしまうのだ。

Dの様子も、淋しそうで胸痛んだ。27日に遅れて来るのだけれどね。
X’masツリーの下にカードとプレゼントを置いた。

まだ、暗いABQ空港は閑散として、まだチェックインカウンターも
開いていなかった。
心配したジョシュアは。。
帰りの便を一緒にする都合上、今日のチケットも購入してあった夫が
係員にお話し、機内まで入り、ジョシュアが私に抱かれてミルクを
飲んでいる間に、私に目で合図し外へ。
気付いていたのかいないのか、そのまま離陸。いつものように
眠ってしまい、ほっ。。。

夫がどうやって帰途についているのか、一人の家に戻るのだな、
私達の襲来(!)以前の、ひさーしぶりの独身を楽しんでほしいな
淋しくありませんように
などと、また、LAでの乗り継ぎもスムーズに行きますように
思い巡らせていた出発。

乗り継ぎはかなり余裕があったけれど、やはり巨大なLA空港。
移動もおたおた、あかんぼとストローラーを抱えて
特にシャトルバスに乗るのはきつかった。。。

さすがに日本人が沢山。
そしてこの日は初夏のように暑かった。
汗をかきながら、チェックインを終え、お昼。
フードスタンドで<おそば、ラーメン、カレーライス>を見つけて感激。
これだけで、早や日本気分一杯になる。
お腹はそれほど空いていなかったけれど、迷わず
ラーメン 9ドルちょっと をいただいた。
日本語があちこちから聞こえてくる。
長い事、味わっていなかったこの状況が嬉しかった。

このあたりの写真、おそらく日本にいる間に謝って消去してしまったようだ。
こうちゃんとも話したのだけど
<あのラーメンの写真撮らない筈ないよね>
<うん>

という事で、LA空港の写真はなし、です。残念。

いよいよ、搭乗、心からほっとした。辿り着けた事。

そういえば、グリーンカード待ちで何時帰れるかも知れない頃、運転の度に
<此処で事故など起こして死んだりしたら目も当てられない
生き抜くぞ!這ってでも>

運転だけでなく、どんな状況でも
<もう一度、お母さんに、なつかしいあのうちへ、こうちゃんを
パパに逢わせるまでは死ねない!>

と、オーバーに聞こえるだろけど、これが真実、執念だった。

そんな思いも浮かんだ。

それにしても。。。ジョシュアのパワー全開でこうちゃんとふたり
くたくた、トライアスロンをしているみたいだった。
搭乗を待つ間、<搭乗ぎりぎりまでストローラを使い、降りる時もすぐに
使えるように>(米系エアでは頼まずともそうなっている)頼んでおいたのに
片言の日本語を話す係員(フライトアテンダントかな)が
お預かりしますとか何とか言って、ストローラを持っていってしまった。

ああ、優先で通してくれるのねなんて思ったが、そうではなく。
そのあと、長い事、走り回るジョシュアを追いかけ抱き上げ連れ戻し。
抱かれるのを拒否!の時は巨大こんにゃくと化す、魔の二歳児(笑)

汗だく、早くも筋肉痛!
カシミアのセーターがあせでしっとり。寒いだろうと思い着てきたのだけど。

機内。
日本語の新聞が配られた!!
なんて嬉しかったか!
何処を読んでも、<わあーそうなの>広告も懐かしく。

機内サービスのスナック。
プレッツエルでも、ヒコーキ形のクラッカーでもない
あの、<あられ>!塩味のね。昆布入り。
そして、冷たいお茶の美味しさ!!!
私の知っている<おーいお茶>などではなかった。
<伊右衛門>という紙パックをみやって、これが今、人気なのだろうな。

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お願いしてあったチャイルドミール。
アメリカンな品揃え。チキンの胸肉とマッシュポテトなど。
ジョシュアはバターロールだけ。
美味しかったですよ。

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お蕎麦がなんといっても嬉しい。
これをメインにしてほしいな。
和食という事だったけれど、コーンと豆、赤ピーマンの組み合わせは
アメリカの中華、微妙な日本料理店を思い出させるものでした。

座席の前のテレビ。
邦画、洋画、ニュース、子供向け、日本のTV番組、音楽。。など
バラエティに富んでいてよかった。

シザーハンズを見て大泣きし、トリビアの泉の<消火器何本で人は飛べるか>をみて
こうちゃんと大笑いしたり。
ジョシュアは<ピングー>が気に入ったようだった。

NHKのニュースもほっとするものがあって嬉しかった。
寅さん、UDON...(讃岐うどん、美味しそうだった)

機内では、うとうととはするけれど眠れない。
<今頃、お母さんとパパは成田に向かっているころかな>

向かい風の為、到着が遅れる模様、とのこと。
時計を見ないようにして時間をやり過ごす。

結局一時間遅れだった。
着陸態勢に入るとアナウンスが流れた時は<ああ、とうとう!>
こうちゃんと日本の海を眺めた。

夢の中のようだった。
寝ていないこと、(時差ぼけというのか)疲れもあるのか
飛行機からおりて歩く日本は夢の中のようだった。

またしても、ストローラがなく。
重い手荷物(PCもあったのだ)を抱えジョシュアも抱え
バゲッジクレームを探していた時パイロットらしき御仁達に
場所を尋ねた時の対応の冷たさに
ああ日本なんだ、と感じましたよ。男性の違い、子連れへの不寛容なシステム。

手が痺れていた。

バゲッジクレームにいた、若い女性の係員(ANAの)に事情を話している間
こうちゃんがトランクなどと一緒にぐるぐる回っているストローラを発見。

彼女は詫びながら、トランクを降ろすのを手伝ってくれましたよ。
ありがとう。
それに比べて、男性達が恥知らずに思えた私の目は厳しすぎるのかな。

入国審査官も税関職員の方々も以前より柔和な感じがした。

母とこうちゃんのパパの待つ出口へ。
夢の中を歩くように。

独自の静けさ、これってなんなのだろう。
出迎えの人々の中にすぐに母とパパを見つけた。

いつも母が来ていたようなあの母らしい服。
帽子。
変わってない!よかった。。。

母は笑っていた。いつもの母だった。と思ったのは憶えているが後は記憶にない。

パパも笑っていたけれど、こうちゃんの手をとり
引き寄せて
頭と肩を抱きしめ、おおきくなったなあと震える声で泣いていた。

ただただ安心感。
ほっとした。大きな安心感に包まれ気が遠くなっていくようだった。

無事着いた、無事にまた、逢えたそれだけでない安心感。

もう、大丈夫。というような。
何も心配しなくたっていい。言葉は要らない。
自分を包んでくれる。
それは愛、絆のある故郷のぬくもりだったのだと
今、あらためて感じている。


成田の夜の空気をすいこみ、夕闇につつまれて
車に乗り込んでからも
もう大丈夫。の感覚でみちたりていた。
母の、パパの、私達の中に漂う温かさに目を閉じた。
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by nao-mischa | 2007-02-01 02:03 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 01月 26日

三年ぶりの日本里帰り Part1



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1月8日 午後5時

こうちゃん
君の胸には どんな思いがあるの

再び アメリカへ
離陸迄の僅かな 日本の夕闇

出国ゲートのむこうから 私達を見つめる 母の顔
植え込みの上から 顔ひとつ出して
手を振り涙顔で笑う母

直前のお昼ごはんの時
ティシューを探して母のバッグの中を

<乾燥梅>なんて入っていたこと

赤い 母お気に入りの手提げ
歩く様子

免許切れの私のため、<運転手>にさせてしまった、今回。
後ろの席からみた ハンドルを握る姿


色んな 母の姿が次から次に浮かび
胸締め付けられる思いで
涙が溢れて止まらなかった

いつもそうしていたように
お買い物 そしてお風呂の後の夕餉
TVを観ながらとりとめの無いおしゃべり
思ったことをポツリ だけで通じ合う会話

ずっとそうだったように
大晦日に会った 家族達

かわらないままの
温かい日本の街並み
そして
焦がれていた富士山

パパとこうちゃんの 幸せそうな姿

待っていてくれた大切な存在 肌で感じた絆

こんな思いを母とパパにもさせてしまっていること

拭いても拭いても 頬が乾くことなく
子供のように泣き続けていた


(2-3日は目が腫れていた こんなに泣いたのは久し振り)


12/18から1/8迄、あっという間に過ぎた3年ぶりの日本
家族との時間
日を追って記録しようと思う

ほんの数日で
まるでずうっと、ここに住んでいるかのような気持ちにさせてくれた
故郷だった。3年間、どんな思いで待っていたかをも、忘れさせるくらいに。
そしてあらためて、自分のした、決断の重さ、その意味を問い直しもした。
3年間に、こうちゃんと二人、通って来た道
乗り越えてきた事を、違う目で振り返る気にもなっている。


楽しかった。幸せだなあと感じ続けた毎日だった。
写真の表情に現れていると思う。
お食事の美味しさ!もね。
ここぞとばかり、食べまくってきました。

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成田からの足で降りた渋谷。
この雑踏も懐かしく、新鮮にも感じた。
わあー日本だな!と。

居酒屋、カフェ、ファーストフード、コンビニ
すべてが魅惑の光(笑)を放っていた。

街行く若い女の子
小柄だな、お洒落で可愛いなと感じた。
歩き方が..惜しいなと。でも懐かしさでいっぱい。

次回、出発から到着、初夜ご飯までを。
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by nao-mischa | 2007-01-26 03:49 | 日本里帰り2006暮れーお正月