サンオブニューメキシコ <アメリカ暮らし>

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2007年 02月 23日

日本で買ってきた生活必需品 1

今日は少し目先を変えて 日本から持ち帰った嬉しい生活必需品 In America
私の場合、をご紹介。

帰り着いてトランクのひとつを開けたところ

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ゴムひも ゴムとおし S字フック

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アメリカの(特に)子供服のズボンのウエストのゴムは
<なぜ??>と思うほどきついし、幅広、伸縮性なし
更に、二重にも三重にも、ズボン本体に縫い付けられていて<きついから調整>しようとすると
解体しなければならないというちょっとイライラさせられるストレスフルな代物。

あの、ビヨーンとのびる、日本で使い慣れたゴム、探せばあるのかもしれないが
見つけられなかった私は<日本へ帰ったら買うものリスト>にゴムひもも入れていた。

安全ピンで代用していた<ゴムひもとおし>も、もちろん!

S字フックも探したけれど見つからなかった。鉄製の小指の太さくらいの
なにに使うのか不明な、それらしきものはあったけれど。

キッチンでも、洗面所でもあらゆる場所で、あると重宝するS字フック。
ベビーカーの取っ手につけるとバッグやちょっとしたお買い物袋をひょいと
掛けられるしネ。

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これは、まさにその為のグッズ。


柄付きバスタブブラシ シューズたわし キクロン

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アメリカのキッチンスポンジは、そもそも食器洗い用ではない気がする。
テーブルトップやコンロの汚れ、水分を吸い取るもの、というか。
食器洗いにしては、使い勝手があまりよくない。

やはりこれが、王様!と日本で暮らしている時から愛用していた<キクロン>
洗剤の含み具合。
しっかりした弾力はキュッ!キュッ!力を入れて洗える
頼りがいある使い心地。もちもいい。

日本には
ちょっとした生活用品に、心遣いの行き届いた、高品質の物が多いなあ
と感じることの多かったアメリカ生活だった。
里帰りでそれを再確認した。

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紙とビニールの中間といったこの、材質のテープも、ない。
ぴらぴらで、カットする時縦に裂けてしまい、テープ同士でくっついてしまうもの。
か、いわゆるガムテープですネ、硬い。
それらが、5ドル近くする。買う気が失せる。
ピーラーも私は、この握るスタイルが合っている。面倒なジャガイモの皮むきも
さくさくっと楽しくなった。

洗濯バサミも、しかり。

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つまむ部分の空間が広いでしょう?
たったそれだけの事で、用途と使い勝手がひろがる事に
日本にいるころは気付かなかった。

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晴天 日光の強さ 乾燥
洗濯物を干すには絶好の気候、というわけで
更に乾燥機の具合が余りよろしくない事もあり、節約にもなるし、で日本式に
外で干して乾かし始めた所、やはり気持ちよくて病み付きになった。

やはり、<角ハンガー>が欲しくなったけれど、探しても見つからなかった。
これも<日本で買う物リスト>の筆頭だった。HACというドラッグストアで350円位。
夢のようなお値段!大切に使っています。

結構苦労して作った、物干し竿 In アルバカーキ 我が家の裏庭

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ハンガーをこの<竿ピンチ>で固定できる。風が強い日が多いため、これは重宝。
その他にも

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アメリカ製アップライト式掃除機は重くて、細かい所に届かない。だいぶ前に日本製の
掃除機を買った。

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丈夫で防水性の高いポリ袋 今回、郵送時の箱詰めにも使いました。
ごみ袋の指定などない、ここABQ。とはいえ
買ってきたけれど、もったいなくてごみ用には使っていません(笑)
スーパーの袋も大変<脆弱>な作り。2枚重ねてゴミ用にしていますよ。

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そして

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ピッと ピッタリ <サランラップ>
スパッ と切れるこの感覚。ぴっちり張れてはがれない。
素晴らしい!!この品質の物は此処で見つかるだろうか??
余りに嬉しくて、興味など無いであろう、夫を呼び、見せましたよ。みて!この切れ具合。

なれ親しんできた、道具や使い勝手へのこだわりを捨てられない頑固(笑)者?
しかし自分で選び取った、大好きなものと日々を共にする喜びは私には大切な事なんです。
全てにいえるかもしれないですね。
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by nao-mischa | 2007-02-23 03:48 | アメリカで 嬉しい日本製品
2007年 02月 17日

日本里帰り Part5 きえてゆく<昭和>のレストラン


朝ごはん 待望の 赤ウインナー


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アメリカ生活で、無性に恋しかった食べ物のひとつ、赤ウインナー。
日本で生活している時は、添加物などを気にして食べない時期もあったけれど
お弁当に映える、<赤> 何でできているのか定かではないが、ごはんが進む
なんともいえない味、(お醤油と芥子で食べるのが好き)
子供の頃からの思い出など、なにより、郷愁を誘われるその存在感。
カニさんをつくってみた。

そして、これもアメリカではない、薄い肉付きの小ぶりでも味の濃い、<ピーマン>
細く切って大目の油、高温でさっと一瞬炒めたものと。

とてもとても美味しかった。

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これも米では手に入らなかったあさり、もずっと楽しみにしていた。
連日、朝から食欲旺盛、美味しくて!







さあ、今日から活動開始。
転出転入手続き、失効してしまった運転免許の申請、こうちゃんのパスポートが
もうすぐ切れるのでその申請も。

今回、私のために仕事の休みを取ってくれた母の運転で
こうちゃん、ジョシュアとヌマヅへ、懐かしい道をドライブ。




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踏み切りをみるのも久し振り。道を行く見知らぬ人びとも何故か懐かしく。
洋服の色は皆さん、圧倒的に<黒か茶>ですネ










こんな素敵なネーミングの、整形外科医院を発見!




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いかにも、良くなりそうではないですか!
車内は笑いの渦。

市役所で転出届け。駅前に移動し、パスポート申請用紙を取りに行く。



隣のビルは<沼津軒>というレストラン。

営業していない様子だった。
調べた所、やはり、倒産したそうだ。

地下は<ファミリー中華>という雰囲気の気軽な店、一階は洋食
最上階はちょっとグレードの高い洋食と中華。1000円くらい、大皿いっぱいの<硬焼きソバ>が名物で
わたしは<四川風辛味ソバ>がすきだった。
駅北を一望できる見晴らし。

宴会場もあった、とおもう。同窓会や各団体の定例会の会場といえばここ、というくらい。

地元の人なら皆知っている、昔ながらの<レストラン>の面影を残す老舗。

昔は駅ビルの中、お世辞にも綺麗とはいえない公衆トイレの隣に,支店の中華レストランがあり
こうちゃんがお腹にいる頃、よくひとりで此処の<野菜そば>を食べにきたものだった。
14年ほど前か。

濃いめの醤油味で千切りの野菜炒めがタップリのったもの。癖になる味。
年配の<ウエイター然とした>男性の接客が印象的だった。
白ワイシャツ、黒の蝶ネクタイ。
<フフフ~ン>
いつも静かに鼻唄を歌いながら接客していた、忙しい時でも。
どことなく品を感じる人だったなあ。

中華でも、あんみつやクリームソーダなどがショーケースに並んでいた。

昭和。
家族でお出掛けの日曜の定番、<デパートのレストラン>の雰囲気を残す沼津軒だった。
高校時代、学校を抜け出し、お昼をたべようと一人駅前を歩いていたら、偶然母にばったり!!
まあ!なんて嬉しそうな(ごめんね!)母と、お昼でも食べよう!と、向かったのが
<沼津軒>地下の中華レストランだった。
そんな思い出もある。


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在りし日の沼津軒 一階 拝借した写真ですが



<神戸屋>というベーカリー。
こうちゃんも私も素通りはできなかった。アメリカにはこんなベーカリーは、なかった。
柔らかそうな食パン。コーンの乗ったパン、綺麗な野菜サンド、アンパン、それに
焼きソバパン!
移動の車の中で、その美味しさ、柔らかさに感激しながら賑やかにいただいた。
ジョシュア、食べてご覧!美味しいでしょう!!

そしてイトーヨーカドーの銀行へ。
腹ごしらえを、と地下へ。やはり変化の波はここにも。
新しい(私には)おうどんやさんに。

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舞茸天ぷらうどん きのこご飯 沢庵 ああ美味しい!
全てがおいしい。

そう、市役所の近くにずっと昔から建っていたこのレストラン。

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ムカサキッチン
以前は、<時々開いているよ>ということだったけれど、今はどう見ても
営業しているとは思えない。
ずっと気になっていて、何時かは行きたいなと思っていたのだけど叶わなかった。。

ミートローフライス グラタン ?
どんな内装だったのかな? きっとご年配のご夫婦が切り盛りしていらしたのだろうなあ。

何時頃の建物なのだろう?
なんて、レトロ、趣のある佇まい。看板建築なんて言葉を聞いた事があるけれどこれも
その中の一種なんでしょうか。
こんな古い建物、昔懐かしい佇まいの食堂等に心を惹かれるこの頃。
変わり行く時代、街並みの中にあっても残されて欲しいと思います。

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帰途、暗くなり始めた中、<通ってみようか!>母とこうちゃんと話し、渡米前の思い出深い
住まいの横の方へ車を向けた。
よく歩いた道。大きなSLのある、公園。こうちゃんはパパとよく、キャッチボールをして遊んだ。隣のマンション。<管理人さんは変わったのよ>と母。
2階のかつての住まいを見上げた。
隣の駐車場だった場所は、分譲マンションか何かが建築中だった。そしてそのまた隣、
買い忘れがあっても大丈夫!の近所の<マルトモ>という小さなマーケット。
店の明かりや賑わいも変わっていなかった。店頭に並んだ野菜やお正月のお飾り。

横の路地を進むと、少し寂れた雰囲気の飲み屋街があった。
これも、古い佇まいの小さな小さなラーメン屋。<マルスギラーメン>
10月の渡米を直前に控えた2003年9月の或る日、念願かない、こうちゃんとパパ、3人で訪れる事ができたのだった。
5人も入ると、一杯のお店は、このあたりには不似合いな温かそうな
ごくごく普通の<優しいおばあさん>といった風情のご婦人一人が切り盛りしてらした。

家族連れは少し気後れしてしまう雰囲気の中にこやかに迎えてもらった。
ビール、ラーメン、餃子。
手が届きそうな、カウンターの向こうのご主人は<注文を受けてから包むんですよ>
と、ゆっくりした手つきと動きで調理を始めた。
当時、4年生だったこうちゃん、子連れだとやはり、お話のきっかけは子供の話。
同じ年頃のお孫さんがいらっしゃるとのこと。
瓶ビールをコップに注いで飲み、お店を、それと分からないように見回しながら
次第にこのお店の雰囲気に寛いで、楽しみに餃子を待ち、お話も。

<おこさんを見ると、よーくわかりますよ、どんなふうにに育てられたか。
ご両親の心がけとか優しさがこの子に出ていますよ>

何年も前の事で、ご主人の仰った正確な言葉は定かではないけれど
<私達3人の家庭の絆>をほめて下さったのだ!と、胸が詰まった言葉だった。
思わず、こうちゃんを挟み、隣にいるパパの方を見た。
同じ気持ちだったに違いなかった。
目を見合わせた。涙が抑えられなかった。

3人の何ひとつ、不足もない幸せな暮らしから、新しい世界へ行こうとしていたその頃。
行っておいでと、その頃は言ってくれていてはいたけれど、残るパパ。
ずっと、自負してきた事だったけれど、この、初めて会った人からの、何気ないこの言葉は
いろんな意味で胸に響いて、未だに忘れられない。

パパは何かお礼と同意のような言葉を返しながら、横のこうちゃんに目をやりながら、頭をなぜていた。
私はご主人に気付かれないよう、涙をぬぐった。

暫くして出てきた餃子とラーメン。
家庭的な味を想像していたのだけど、全くそうではなくて驚いてしまう美味しさだった。
<おいしいね!!>目を見開いて、パパに話した。
おいしいね!は幸せだね、と同義語の私達。この晩ほどその意味を胸に刻んだ事は無かったと思う。

今回、立ち寄る機会は無かったけれど、今でも営業している事を祈っている。次回は是非再訪したい。

食事にまつわる、思い出、郷愁は様々な事を甦らせてくれる、私にとって大切なものだ。
更新が中断しているのですが、<元気なうちに絶対、完成させたい>と思っているこのコンテンツ。良かったらご覧になってみて。ちょっと広告が煩わしいですね、ごめんなさい。


帰宅後、弟(4歳下)が<顔をみに>やってきた。その第一声は、<なに人かと思ったよ(笑)>
もう!!

美容院嫌いの私が、3年ぶりの家族との再会に重い腰を上げ(笑)た結果。
折角見せてくれた、カラーチャートも意味なし。(だから、嫌いなのです!)初めての<金髪>体験。おまけに凄い染めムラ。
自分で濃く染め直したものの(2回もかかった)、やはり昔のイメージとかけ離れていたらしい。。
夫、Dはその<金髪>にも抵抗は無かったようで、<なぜ?いいよ、その色>といっていたが
<日本の家族達は、あなたはだれ??というに違いない、こんな髪では帰れない!>半泣きだった。  ヘアサロンでは、ヘアカラーして、温かいお釜に入らされ、<こんなことってあるのか??>疑心暗鬼。
水で流して、鏡の前の自分をみて凄い違和感に包まれた。
例えは違うかもしれないが、アフリカンアメリカンの女性の金髪を見たような。
明るすぎる。。。。そう?
チーフのような人が、わお、ゴージャス!ですって。なにいってるのよ!そんな気分でした。
(話が飛びに飛ぶ今回です)


仕事の話など聞きながら、いっしょにお夕飯と晩酌。久し振りのね。
お互い逢わぬうちに、一人新しい赤ちゃんを迎えた私達。あまり、連絡も無いけれど、
母にはよく、心配して私のことを尋ねていてくれていたらしい。
私のために編集したミュージックCDをアメリカに送ってくれたこともあった。
<よく聞いていたよな、と思って>  アンルイス  長淵剛(これはお願いしたのだった) 
彼も好きな、甲斐バンド、矢沢永吉。昔懐かしい顔ぶれ。聞けないと、無性に聞きたくなる、
懐かしの唄、IN 海外なんです。嬉しかった!

彼の好きな、<タコのおさしみ><和牛!!の網焼き>などをいただいた。
もうすっかり、ここに住んでいるみたい。
夫はこの頃、通じない電話に四苦八苦。帰ったら、E-mailも在った。ごめんね。
やっと留守番に通じたのがこの次の日だったかな。あちこち、用事で出かけていたので。

やっと筋肉痛がよくなってきたこの頃。
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by nao-mischa | 2007-02-17 03:53 | 昭和 過去への郷愁
2007年 02月 04日

日本里帰りPart 4 初らーめん

  
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9時頃、起床、と書いたけれど日記を見たら、6時には起きたようだ。
朝が早い母は、既に起きていた。<もう、おきたの?>

朝ごはんは
玉子焼き 豆腐のお味噌汁 母手作りの白菜のお漬物 炊きたてつやつやご飯!
お茶碗に3ばいお変わりしたけれど、まだ食べられそうだった。
しみじみ美味しかった。お漬物はこうちゃんのお気に入り。
漬けて待っていてくれたらしい。
玉子焼きは、これだけは、私にとって母のつくったものにかなう味はない。
お弁当の、家族で出かけたお昼の、そして朝ごはんも彩った思い出の味。

そして、熱く、濃く、薫り高いお茶。懐かしい湯呑みで。

一人で暮らす母の、こじんまりした台所。ダイニングテーブルは
私とこうちゃんの使っていたもの。棚の中には孫達の写真の数々。
私がアメリカから送った、ジョシュアとこうちゃんの写真もあった。
2003年の9月に撮った、私と母の写真も。

<クレマチスの丘>へこうちゃんと3人で行った時。
こんな風に、よく3人で出掛けた。けれどこの時は
アメリカ行き目前。様々な仕度等に追われる私を、母はどんな思いで
見ていたのだろうと、あらためて考える。

(母も私も植物が好き)花を見て回り
こうちゃんはチョコレートケーキを食べ、シャツに
チョコのしみをつけていたなあ。

その、白い壁のカフェ、オリーブの鉢植えの傍で
こうちゃんにシャッターを押してもらった写真。

たった3年少し前なのに全てが懐かしく遠く感じられるのは。

40歳を目の前に、今しかできないという確信
未知への好奇心と希望にあふれている様子が、眩しい。
充実の日々の中でした、決断。
今は、それを黙って見送ってくれた、見守り続けてくれた母やこうちゃんのパパ
大切な人々の当時の思いや、<Sinsere>みたいなものが
胸にしみる。


年代ものだった冷蔵庫は無くなって、<これくらいがちょうどいい大きさなの>
新しいものに変わっていたのと、キチンの床がフローリングに張り替えられていた。

<いいね>

冷蔵庫の上には前と同じように、小さなテレビ。
母の今のお気に入りのモーニングショーは<みの もんた>のなんとか(忘れました)
という番組。
当たり前だけど、日本語。
お金を払って取り寄せて観ていた日本のテレビ番組、なのだった。
CMも食い入るように見たし、変わっていないローカルなものには
大笑いした。

新聞。配達されるんだったなあ。
広告も楽しんで見て。。

<お風呂入っていい?>
ながーいこと、これも待ちわびていた、実家のお風呂。
入浴剤をいれて、熱めのお湯、首まで浸かった。
椅子に腰掛けて、シャンプー。タオルで髪を巻いて隅々まで
体を洗う!

入浴方法はどうしても馴れる事のできないアメリカの生活様式のひとつ。

バブルバスでからだをこすって、泡のついたままお風呂から上がるのは
私にはできない事。
シャワーの時も、韓国系のショップで買った風呂の椅子を使い
シャワーを止めて体を洗ったり、苦心して日本式入浴に近づけようと試みていたのだ。

<ああ、かえってきたんだ>
こうちゃんとジョシュア3人でお風呂に浸かって写真を撮ってもらった!






姉から電話があった。 <かえってきたよ!> よかったねえ、と、いつもと同じ様に話す
そんな姉のやり方が懐かしかった。

そしてパパからこうちゃんに電話。私も替わり、お昼のお誘い。
こうちゃんも私も<ラーメン!!>
どんなにどんなに、夢見ていたか。

お母さんとジョシュアも勿論一緒に、ヌマズへ向かう。
かつて住んでいた町。

東名高速への道。よく晴れた日だった。陽射しの温かさ。

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信号機、看板、景色のすべてが懐かしく嬉しくて
変わってないね、などと思いつくまま母たちに話しまくり(笑)
こんな写真も撮ってきました。



さて、目指した懐かしのラーメン屋さんは<ハルビン>
こうちゃんの学校のすぐ傍にあった。

<街の中華料理屋さん>といった感じのこのお店が開店したのは、
確か、こうちゃんが幼稚園に入園した頃?
店名のハルビンは正しくは、中国の都市名の漢字。
赤い外観。箱席が5-6つ、奥に、円卓のある畳敷きの座敷がひとつ(ふたつ?)
こじんまりした、あかるく整頓されたお店だった。

テレビが天井の下にあって
生ビールのポスター ― 浴衣の女性の ― が壁にあって。

アクセントのある日本語で<いらっしゃいませ>と迎えてくれるのは
奥さん。ご主人が厨房。
おそらく、中国出身の奥さん、注文取りから配膳、会計まで一人で
流暢な日本語でこなしていた。
声が良く通って、常に笑顔。 頭には白い三角巾。
そして、<マルコメくん>がふたり。時々奥から客席に顔をのぞかせたり
喧嘩したり。上の子がこうちゃんと同じ位の年齢だった。

お互いの子が同じ幼稚園に通い、近くに住んでいてよーく
行き来していた姉と、よくお昼をたべにきたし、幼稚園ママの友達や
母、パパとも来た。

いつも、<うまにラーメン>だった。細い麺がなんだか独特の香りと食感で
スープや具も他には無い美味しさ。
<タンメン>はタップリの野菜と、にんにくの粒も沢山スープに入っていて
<ボンゴレの味みたいね>と、姉と話したことがあった。
風邪なんて吹き飛びそうな栄養タップリの一品!
ラー油をたっぷり。

普通のラーメンはこうちゃんのお気に入り。きっと昔の支那そばって
こんな味なのだろうな、と思うような麺のかおりと
にぼしを感じる、すっきりでいて、美味しい脂っこさのある、しょうゆ味。
メンマも美味しかった。
チャーハンは、茶色、これも美味しい!!

後で喉が渇くのだけど、それがどうした!しょっぱいのかなあ、でも、美味しいから
いいじゃない! これがラーメンの醍醐味だった、その昔は。

後、忘れてはいけないのが<水餃子>
あつあつ、もちもちの皮の美味しさ、お肉とにらと
噛むとじわーと出てくる、スープ。なかなか、出会う機会の少ない
本物の水餃子、欠かさず注文していた。

各中華一品料理も充実。
そして手羽揚げなどのおつまみ、肉野菜炒めなどの定番も
レバニラ炒めは<これならわたしもたべられる!>
と、感じた素晴らしさ!だった。

生中二つですね、ワカリマシタ!
冷凍庫で冷やしてくれてあったジョッキは霜に覆われて真っ白。
乾杯!して飲むビールが空腹にしみる。
メンマなど、素朴でおいしいおつまみもいい。
テレビをBGMに小さいこうちゃん、パパとの、そんな安らかな日常。

出入りする度に鳴る、チャイムの音。
過ぎた日の、楽しい思い出のひとつが心にひろがるお店、として
アメリカで帰国を待ちわびる日々の中、何度思い出したかしれない。

再訪をこうちゃんと二人、楽しみにしていた店のひとつ、ハルビン。

懐かしい道を通って辿り着いた私達の目に入ってきたものは
<貸し店舗>
の、張り紙だった!

<!!>
言葉を失った私。
待っていてほしかったな。
でも、時が過ぎてゆくという事
こうしてすべて変わっていくのだ、とも思った。

忘れない。今も私の大好きな、想い出のお店。


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渡米直前の<ハルビン>の写真見つけました。
お店の皆さん、お元気でいらっしゃる事を祈ります。



気を取り直して、近くにある、これもよく行った<力家>というラーメン屋さんへ。
此処は、何にも変わっていなかった。
そしてここも、思い出すたび<たべたーい>と思う麻薬のような美味しさ。

年季の入った暖簾。
お店に入ると、もわっと、ラーメン屋さんの、あの<獣匂>に包まれる。
食欲に火!を点ける、あの懐かしいような。

ああ何年ぶり!待ちわびた、日本の、ほんもののラーメンがすぐそこに!!
自分で書いていて、恥ずかしいくらいだけど、本当にそんな気持ちだった。

いつもここでは、ラーメン(ふと麺 or 細麺) 小チャーハン のセットだった。
今日もそれを注文。
ビールのマークのお冷グラス。
テレビ。
カウンターでお店のご主人と話すお客さん。

いいな、この雰囲気。


そして...
感激の、初ラーメンが目の前に



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もうね、いいにおいで失神直前。
気合で写真を撮ったけれど、眩暈にも似たこの、過ぎる幸福感(笑)。

一口、すすって
<美味しいね~~、こうちゃん。。涙出そうに美味しいね>
母と、パパが笑って見ていた。

この、ナルトのかわいらしさ! コクのあるスープである事が分かっていただけると
思うのだけど。
のりの薫りも芳しく..

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チャーハンも感激の味!
なぜこんなに美味しくできるのか!
ここでも、なると(笑)
細かく切られたなるとチャンがいいお味(そうです、私は、なるとファンです)

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ぼけているけれど載せてしまう!
餃子も美味しかった!

ジョシュアも、思ったとおり、パクパク良く食べ、気に入った様子。

ラーメン、おかわりいけそうなくらい美味しくいただいた。
勿論、スープも残さず完食。


この後、MiniStop へ。
此処のソフトクリームの大ファンのパパ、私、こうちゃん。
私はここで <DHC Q10ミルク>を購入。
アメリカの通販では36OR 38ドル、此処では1500円。
量の確認はしていないけれど。
(後に980円の底値を見つけてくやしかった。。)


帰宅後、姉と姪と甥がやってきた。
玄関から<こんにちはー!>の大きな元気な声。
聞き覚えのある声とは違う、おとなっぽい声の15歳。

声のほうに行き、びっくり。あの、Yくんが、、、、。こんなに大きくなったなんて。
12歳ー15歳。変わる時期だと、覚悟はしていたけど、成長振りに驚いた。
ずっとこうちゃんと<キャッチボール>することを楽しみにしていてくれたこの子。
ふたりで外へ行き、早速始めていた。

姪っ子のRちゃん、もう高校生。お顔はずっと変わらない不思議な子。
でも、バレエで鍛えたすらりとした様子に大人っぽさがただよい始めているのが分かった。
<○○ちゃん>と私を愛称で呼ぶ子。(甥っ子もそう)
この子の視点から、流行、芸能関係、ファッションなどいまどきの
お話を聞くのが、昔から好きだったけど、今回も色々教わったね。
のだめカンタービレ、きもかわいい、プリ帳...。

姉は全く変わっていなかった。
始めに玄関でこうちゃん!!なんて大きな笑顔で私達を見て。
そして以前のような話し方。ああこうだったな、お母さんの家で皆で
こんな風に過ごして。。
と思ったのもつかの間。
アメリカにいたことなど、うそのよう、ずっとここに
住んでいるかのような気持ちに、すぐになってしまっていた。

受験生のYクン、こたつで塾の宿題を始めた。ジョシュアは彼がお気に入りのよう。
邪魔ばかりするジョシュアを見て<かわいい!>を連発するYクン。

パパと一緒に<バッティングセンター>へ行ったこうちゃん。
これも、こうちゃんの念願。
昔、パパはよくこうちゃんを連れて行ってくれた、男同士、二人の時間も
いいね、とほほえましく送り出していた。

お迎えの車に押さえ切れない嬉しい笑顔で乗り込むこうちゃんと、同じくらい
嬉しそうなパパを幸せな気持ちで見送り。

私は、母と近くに新しくできたスーパーへお買い物。
歩いて2-3分!

<SunSunクック>
スーパーへ行くのも、待ち望んでいた事。
全てが輝いて見えた!

沢山の日本の野菜。白菜、シメジ、みぶな、ゆず。。
豆腐、こんにゃく、しゃけ切り身、お刺身盛り合わせ
各お惣菜。。。
全て、限られた品揃え、保存状態も不確かな商品を<約、2倍>の値段なので
厳選のうえ購入し、大切に大切に使っていた日本食Inアメリカ
(私の住んできたエリアはそうだったが、地域によって事情は異なります)
だった。

宝の山!

あれもこれも、かごに入れたい気持ちを抑え、母と相談しながら今夜の
晩餐を選んだ。

まずは春菊のおひたし。

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スーパーのコロッケをずっと夢見ていた。こんな何気ないものが
恋しくなるアメリカ暮らしです。

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かりっと焼いて、生姜醤油、おかか、七味をかけて。
豆腐のあまみのある厚揚げも手に入らなかった。
ああ、しあわせ。


母と、<細木数子>の番組をみておしゃべりしながら
これらのご馳走と、<キリンモルツ>をいただいた。

知らない間にこんなに大人気になっていた細木数子さん。
一度、だいぶ前にアメリカで<ずばりいうわよ!>のビデオを買い、見たことがあった。
大人気なだけあって、面白いなあと思った。
母とおしゃべりしながら見るから、更に楽しめたのだろうな。
ツーといえばカー。
思ったことそのまま即座に、口に出せる気楽さ、幸せを
かみしめ。

石油ファンヒーターの匂いと温かさも嬉しく懐かしく。

ジョシュア君、1時過ぎまでらんらんに起きていました。
寝かせた後、ふらふらで眠った。
全身筋肉痛!!

重い手荷物、抵抗するジョシュアを抱え歩いたそのせいでしょう。
2-3日は、続いた。

明日から、役所関係の各手続きを始める。
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by nao-mischa | 2007-02-04 23:52 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 01日

日本里帰り Part 3 到着の夜ご飯-12/19


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懐かしい日本の風景
日本語の(!)高速の案内看板
回りを走る、日本車の数々。
中でも新鮮に見えたのは、軽自動車。
小ささ。その数の多さ。そしてバラエティ。

渋滞を知らせる電光掲示板。
高層ビル群。超!!高層マンション。
闇に沈んでいた東京湾。確かな<水>の気配。

睡魔にひきずりこまれながら、目を奪われ、また、意識朦朧とし。。。

<東京タワーだよ>
パパが、これまた寝ているこうちゃんを見るよう促す声ではっと外を見たり。
(リリーフランキ-の本を買わなくっちゃ)
痛い首を伸ばし、また眠りに。





渋谷で食事をすることに。
パパと3人で月に1、2回は来ていた馴染みの街。
これもいつもそうしていたように、西武に車を入れる。
省スペース。後ろ向き駐車。欧州外車の多さ。
日本を実感する。

風の強い夜の街へ。

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若者が行きかう渋谷の街中に少し不似合いな<龍飛>という割烹を目指した。
よーく来ていた思い出の店。
店頭の生簀にはすっぽんまでいた。
ふぐ、すっぽん、各種お鍋も食べられて、お食事はもちろん
居酒屋料理というより、少し格上の一品料理もあった。
ふぐ刺し、ふぐ天ぷら、手羽焼き、帆立バター焼き、焼きおにぎり、秋はいり銀杏
焼き松茸 などなどが好きだった。
まぐろも、やはり東京(築地のそばだから?)いいものがいただけた。

アメリカで何度ここのお料理を恋したか。
しかし。。
残念な事に改装中で、涙と、唾も、のんだ。

お店を探して歩く喧騒。
ぶつかりそうに歩く人々。
ラーメン屋の裏から流れる、魅惑的な香り!
吉野家の看板。コンビニ。ドラッグストア。
目を奪われっぱなし、浦島太郎の気分だった。

此処にしよう!と決めたのが<月の雫>という初めてのお店。

喫煙席があることに驚いてしまった。
でも、すぐ思い出した。そうだったなと。

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生ビールで乾杯!
これもアメリカでお目にかかれない、日本のおいしいもののひとつ。
きめ細かい泡。生きている泡の喉越し。かおり。
パパは運転なのでウーロン茶。で、私だけいただきました。

時差ぼけとビールでますますぼんやり。
次から次に来るお料理。全部憶えられなかった。。

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夢のように新鮮なお刺身が
口でとける!



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歯応え抜群!
 


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やまいも、大根サラダ。なんて繊細なお料理のセンス!そして健康的!
ハンバーガー体質も改善されるよ!夫に食べさせたい。


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元気だった?久し振り!逢いたかったよ。
涙の再会 そしてお口へ。

あま~~~い!

こうちゃんと分け合っていただき、昔と同じようにそういったら
パパも、昔と同じ顔で、嬉しそうに笑って見ていた。

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お寿司
正真正銘の。これがお寿司です!


何が食べたいか?何でも頼めよ。
こうちゃん、つくね、から揚げもたいらげていた。
この雰囲気、懐かしく幸せだった。


掬い豆腐も感涙モノのうまさ。。
私はやはり、日本人。

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高菜チャーハン
鷹のつめの輪切りが、ピリッと程よい辛味を演出。
これも、高菜の味を活かす、ほどよい醤油の香ばしさが食欲を刺激する。

此処はお豆腐料理が売りのようだった。
落とした照明、個室風つくりの客席。
従業員の対応もきめこまかくて、お料理もよかった。

どんな話をしたのだったか。
逢ったら、これも話そう、あれも話そうと、長い事思い続けてきたのに
ただ、昔にそのまま戻った様。ただただ、リラックス。
かなり、ぼんやりした頭で
それでも母の、パパの傍にいる幸せをかみしめた。

二人とも、一週間とおかず、電話でお話していたしね。

せめて、お礼はきちんと言った事を祈る私だ。

待ち続けていてくれた事
(心の)傍に居続けてくれたこと
心配かけてごめんなさい、も。

店をあとにして、ジョシュアの牛乳を買いに寄ったファミリーマート。

おにぎり、お茶のペットボトルの数々、お弁当、インスタント麺。。。
魅惑の光を放って私を誘っていた。
こうちゃん,<メロンパン>を買ってもらった。

車に乗るなり、爆睡してしまった。
インターを降り、すぐに懐かしい家、という所で目が覚めた。

ああ、本当に日本だ。見慣れた風景。

もっとおかしな、或は久し振りの感覚に包まれるのではと思っていた。けれど
日本にいた頃、よく、そうしていたように
30分のドライブで、こうちゃんを連れ、母のところに遊びに来た
その感覚と同じだったのには驚いた。

3年のブランクなんて嘘のようだった。

実家の匂い。
何も変わっていない。
私が生まれる前からある、柱時計の
時を刻む音。少しの間だけ、懐かしく、すぐに、ずっとそうだった様に
体にしみこんでいくのを感じた。
床の感触も。すべて。

お布団が敷いてあった。
いつものように、濃い熱いお煎茶を入れてくれる母。
こんな、ほっとする気持ちがあったなんて。

幸せな気持ちで、布団の感触を味わいながら眠った。

9時頃には目が覚めた。
母がいた。
日本だった。
姪っ子のバレエのパネルの数々が見えていた。

さあ、美味しい朝ごはんが !
日本式のお風呂だ!!朝風呂だ!!
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by nao-mischa | 2007-02-01 23:21 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 01日

日本里帰り Part 2 出発_到着の夜


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もうすぐLA



もう、2月。
ここ、アルバカーキは今朝、何度目かの雪景色でした。

時を戻して。。



12/17 の早朝ABQ発 LAで乗り換えし成田へ向かう。
3年振りの国際線、<魔の二歳児>を連れ、夫なしでのフライト、ということで
ANAを選んだ今回。
米系のエアラインより、なんとなくだが安心できる気がしたので。

前日は夕方の4時から8時頃までやすみ、そのあとは準備の仕上げだった。
やっぱり、おにぎりとゆで卵を用意。もはや、恒例。
偏食気味のジョシュアもおにぎりは大好きだし。

心配は、パパとお別れの時のこと。眠っていてくれればいいのだけど、なにしろ
人と離れる時ひどくないてしまうのだ。

Dの様子も、淋しそうで胸痛んだ。27日に遅れて来るのだけれどね。
X’masツリーの下にカードとプレゼントを置いた。

まだ、暗いABQ空港は閑散として、まだチェックインカウンターも
開いていなかった。
心配したジョシュアは。。
帰りの便を一緒にする都合上、今日のチケットも購入してあった夫が
係員にお話し、機内まで入り、ジョシュアが私に抱かれてミルクを
飲んでいる間に、私に目で合図し外へ。
気付いていたのかいないのか、そのまま離陸。いつものように
眠ってしまい、ほっ。。。

夫がどうやって帰途についているのか、一人の家に戻るのだな、
私達の襲来(!)以前の、ひさーしぶりの独身を楽しんでほしいな
淋しくありませんように
などと、また、LAでの乗り継ぎもスムーズに行きますように
思い巡らせていた出発。

乗り継ぎはかなり余裕があったけれど、やはり巨大なLA空港。
移動もおたおた、あかんぼとストローラーを抱えて
特にシャトルバスに乗るのはきつかった。。。

さすがに日本人が沢山。
そしてこの日は初夏のように暑かった。
汗をかきながら、チェックインを終え、お昼。
フードスタンドで<おそば、ラーメン、カレーライス>を見つけて感激。
これだけで、早や日本気分一杯になる。
お腹はそれほど空いていなかったけれど、迷わず
ラーメン 9ドルちょっと をいただいた。
日本語があちこちから聞こえてくる。
長い事、味わっていなかったこの状況が嬉しかった。

このあたりの写真、おそらく日本にいる間に謝って消去してしまったようだ。
こうちゃんとも話したのだけど
<あのラーメンの写真撮らない筈ないよね>
<うん>

という事で、LA空港の写真はなし、です。残念。

いよいよ、搭乗、心からほっとした。辿り着けた事。

そういえば、グリーンカード待ちで何時帰れるかも知れない頃、運転の度に
<此処で事故など起こして死んだりしたら目も当てられない
生き抜くぞ!這ってでも>

運転だけでなく、どんな状況でも
<もう一度、お母さんに、なつかしいあのうちへ、こうちゃんを
パパに逢わせるまでは死ねない!>

と、オーバーに聞こえるだろけど、これが真実、執念だった。

そんな思いも浮かんだ。

それにしても。。。ジョシュアのパワー全開でこうちゃんとふたり
くたくた、トライアスロンをしているみたいだった。
搭乗を待つ間、<搭乗ぎりぎりまでストローラを使い、降りる時もすぐに
使えるように>(米系エアでは頼まずともそうなっている)頼んでおいたのに
片言の日本語を話す係員(フライトアテンダントかな)が
お預かりしますとか何とか言って、ストローラを持っていってしまった。

ああ、優先で通してくれるのねなんて思ったが、そうではなく。
そのあと、長い事、走り回るジョシュアを追いかけ抱き上げ連れ戻し。
抱かれるのを拒否!の時は巨大こんにゃくと化す、魔の二歳児(笑)

汗だく、早くも筋肉痛!
カシミアのセーターがあせでしっとり。寒いだろうと思い着てきたのだけど。

機内。
日本語の新聞が配られた!!
なんて嬉しかったか!
何処を読んでも、<わあーそうなの>広告も懐かしく。

機内サービスのスナック。
プレッツエルでも、ヒコーキ形のクラッカーでもない
あの、<あられ>!塩味のね。昆布入り。
そして、冷たいお茶の美味しさ!!!
私の知っている<おーいお茶>などではなかった。
<伊右衛門>という紙パックをみやって、これが今、人気なのだろうな。

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お願いしてあったチャイルドミール。
アメリカンな品揃え。チキンの胸肉とマッシュポテトなど。
ジョシュアはバターロールだけ。
美味しかったですよ。

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お蕎麦がなんといっても嬉しい。
これをメインにしてほしいな。
和食という事だったけれど、コーンと豆、赤ピーマンの組み合わせは
アメリカの中華、微妙な日本料理店を思い出させるものでした。

座席の前のテレビ。
邦画、洋画、ニュース、子供向け、日本のTV番組、音楽。。など
バラエティに富んでいてよかった。

シザーハンズを見て大泣きし、トリビアの泉の<消火器何本で人は飛べるか>をみて
こうちゃんと大笑いしたり。
ジョシュアは<ピングー>が気に入ったようだった。

NHKのニュースもほっとするものがあって嬉しかった。
寅さん、UDON...(讃岐うどん、美味しそうだった)

機内では、うとうととはするけれど眠れない。
<今頃、お母さんとパパは成田に向かっているころかな>

向かい風の為、到着が遅れる模様、とのこと。
時計を見ないようにして時間をやり過ごす。

結局一時間遅れだった。
着陸態勢に入るとアナウンスが流れた時は<ああ、とうとう!>
こうちゃんと日本の海を眺めた。

夢の中のようだった。
寝ていないこと、(時差ぼけというのか)疲れもあるのか
飛行機からおりて歩く日本は夢の中のようだった。

またしても、ストローラがなく。
重い手荷物(PCもあったのだ)を抱えジョシュアも抱え
バゲッジクレームを探していた時パイロットらしき御仁達に
場所を尋ねた時の対応の冷たさに
ああ日本なんだ、と感じましたよ。男性の違い、子連れへの不寛容なシステム。

手が痺れていた。

バゲッジクレームにいた、若い女性の係員(ANAの)に事情を話している間
こうちゃんがトランクなどと一緒にぐるぐる回っているストローラを発見。

彼女は詫びながら、トランクを降ろすのを手伝ってくれましたよ。
ありがとう。
それに比べて、男性達が恥知らずに思えた私の目は厳しすぎるのかな。

入国審査官も税関職員の方々も以前より柔和な感じがした。

母とこうちゃんのパパの待つ出口へ。
夢の中を歩くように。

独自の静けさ、これってなんなのだろう。
出迎えの人々の中にすぐに母とパパを見つけた。

いつも母が来ていたようなあの母らしい服。
帽子。
変わってない!よかった。。。

母は笑っていた。いつもの母だった。と思ったのは憶えているが後は記憶にない。

パパも笑っていたけれど、こうちゃんの手をとり
引き寄せて
頭と肩を抱きしめ、おおきくなったなあと震える声で泣いていた。

ただただ安心感。
ほっとした。大きな安心感に包まれ気が遠くなっていくようだった。

無事着いた、無事にまた、逢えたそれだけでない安心感。

もう、大丈夫。というような。
何も心配しなくたっていい。言葉は要らない。
自分を包んでくれる。
それは愛、絆のある故郷のぬくもりだったのだと
今、あらためて感じている。


成田の夜の空気をすいこみ、夕闇につつまれて
車に乗り込んでからも
もう大丈夫。の感覚でみちたりていた。
母の、パパの、私達の中に漂う温かさに目を閉じた。
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by nao-mischa | 2007-02-01 02:03 | 日本里帰り2006暮れーお正月