サンオブニューメキシコ <アメリカ暮らし>

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2006年 08月 28日

JEUX INTERDITS ?


異国情緒?ただよう、Corralesのドライブ。
もうちょっと先に行ってみよう、と。

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メインの通りから一歩はいると、のどかな風景。

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鵞鳥は、MDではよく、見かけたけれどここ、NMでは初めて。

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こんな廃屋を見かけると、胸が高鳴る!
で、車窓からパチリ。

昨年の、大陸横断の旅行の時もRoute66を通る事が多かったので
モーテルやGasステーションの廃屋など目白押し。
KちゃんとDに<なんでこんなぼろぼろの建物の写真ばかり?>と笑われた。

本当は車から降りて、中も見てみたいのだけどな。

そのうち、<Old Church>の道標が。わくわくして車を走らせると

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教会と墓地が現れた。

人気のない、静けさ。
強い照り返し、青空。

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まるで、Spainか南仏の片田舎、それも1940年頃に迷い込んだようだった。
<禁じられた遊び>の世界。
デジャヴだ。



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言葉なく佇む瞬間。

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これも、お墓のひとつと分かった。<GONZARES>と言うお名前が刻まれていた。

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どんな歴史が、そして、どれ位前からあるのだろう。

車を降りて、その向こうまで行きたくなる、こんな道。
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by nao-mischa | 2006-08-28 02:48 | アメリカ国内旅行 
2006年 08月 26日

Corrales という隣町



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<ラマを見にいってみない?>
ある日、Dが突然そういった。
<ラマ?><動物園?>

<いや、ふつうの通りだよ。この前、見つけたんだ。そう、遠くないから>

私達の住むこのあたりは、アルバカーキのごく、北西部で
RioRancho,Corralesといった隣町にすぐいける距離にある。




いつも通っている、交差点を、いつもは行かない方向へ曲がり
すぐに、もうCarralesとのこと。

雰囲気が全く違う。のどかな風景。
濃いみどり。
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東に<Sandia山>を望み、西は緩やかな丘陵にはさまれ
すり鉢のような地形のこのあたり。

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(上の写真の山は、Sandia山麓)

我が家もこの山を望む場所にあるけれど、反対の西側を
Sandia山側から見た風景も、素晴らしいのだ。
フラットな街並み、その向こうにニューメキシコらしいエキゾチックな
低い稜線、まるで人が創ったかのような美しいその線。

(写真があればよいのだけど!その場所に行くのはいつもお昼から午後、その時間は
照り返しが強く、霞んでいたりで、なかなか。
夕方、是非行ってこようと思います。)

私はこちらを望める場所に住みたいなあ、とねがっている。


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何本もある、横道を入り、丘に並ぶ住宅地を見つけたのだが
それが、息を呑む素晴らしさ!




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<Santa Feみたいだね>
と、Dと一致した意見。

このお宅(上の写真)が、私のお気に入り!
勿論、山と街並みを見下ろす、Southwestern スタイルのテラスからの視界を
さえぎるものは、ない。

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静か。
陽射しが照りつける中、時折鳥のさえずりが聞こえるだけ。
ウサギ、ウズラ、ロードランナーが、こんな風に道を横切っていく。

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ロードランナー、鳥。
走る姿は、ティラノザウルス。

何だか、すこしマヌケ。
この日も、ウサギに追いかけられている、彼を見た。
家の庭では、ウズラに追い立てられていた。

わが道を行く?憎めないやつ、です。

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Kちゃん(わが長男)が車から<ボクはこの家がいいと思う>と言ったのはこの
白亜の豪邸。
お目が高い。わが息子ながら。
近づいていくにつれ、ディテールが素晴らしい事が分かってきた。

丘を見下ろす側には、プール!
そのプールと、家全体をてらす大きなアッパーライトが。

夜、丘を登るとき、このお宅がどんな風に浮かび上がるのか
見てみたいな。

そう、<ラマ>(笑)でした。


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あなた、だあれ?写真撮ってるの?

いましたよ、3-4軒のお宅に。
なぜ、ラマなのかな?

近場の、ドライブコースになりました。

もう少し足を伸ばした所、またまた異国情緒溢れるエリアを発見。
写真が多くなってしまう為ここで一度投稿しますね。
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by nao-mischa | 2006-08-26 03:01
2006年 08月 15日

GC、父 そして私にとっての靖国神社




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まだ、寝ていたいのに。
夢に起こされた、早朝5時。

ふらふらとお手洗いに。
手を洗って、ベッドに戻らず、いつもそうするように
<目覚めの美味しい日本茶>のため、やかんを火にかけ椅子にすわるころ
ゆめが脳裏に甦った瞬間。

亡き父がいた頃住んでいた家の雰囲気。
年下の男の子、家出し、私のところに来た。
悪意もなければ、誠意もない、といった脳天気で憎めない子だった。
(この夢で初めて会った子)

家に送っていくよ。半ば強引に。
私もティーンネージャーらしいのに車で彼を連れて行こうとしていた。

母と姉が帰宅。
かわいそうに、これをもたせてあげてね、と母が私に手渡したのは
20ドル札。(笑!!)

テレビかって来たのよ、とプラズマTV。

夜、玄関をあけ、見た外は、紛れもなく父のいた頃の風景だったな。
懐かしくあたたかい、夢でだけ帰ることの出来る私の場所。

母と姉と、<もうじきお父さんが帰ってくる>と支度を。
父の生前、いつも、そうしていたように。

お父さんが 帰ってくるよ。

お父さん!
おとうさん...




やかんのお湯が沸き、母からの薫りたかい新茶をいれながら
久し振りの<私が10代の頃>の雰囲気の夢だなあ、
父のいる頃の雰囲気を髣髴とさせる夢だったなあ
と。

そして、何度も何度も自分のなかで繰り返してきた自問自答
おとうさんは私が、今こうしてアメリカにいる事をどう感じているかな

それに父が答えてくれた気がした。

まだ見ぬ世界への希求をとめられなかったのは
父がその、背中でみせてくれた生き様。
生まれる時代を間違えたかのような真っ直ぐすぎる魂。

1945年。
終戦。
営々と続いていた、一族の歴史や
土地、地位...それらの殆どを手放さざるを得なかった
(GHQの占領政策_農地解放、公職追放により)
一部の当時の日本人と同じように、時代の流れをただ、
受け止める事をよしとした祖父。

(祖父は、戦前は中学校の校長であり、曽祖父は貴族院議員を務めたそうで
古くから続く一族であった)


祖父の姿と、自分の周囲の変わり様、
その、急激な時代の変遷を、子供心に、見ていた息子としてのわが父。
と、その世代。

その父の、疵。

一人の日本人の。

そんな事を暗示してくれた父の背中は私に
<本当のことを探しなさい>
<色んな世界を見て御覧なさい>

といってくれたと思っている。



祖父の反対を押し切り、特攻隊へ志願し
昭和20年3月、若干21歳で亡くなった長兄をへの尊敬は、いつも感じていた。
けれど、それは賛美だけでなく。

なにか、身内を喪ったことを超える
哀しみの様なものを、子供心にも感じるものだった。

更に、父からかつての敵国への反発みたいなものを感じたことは
皆無、だった。ひとつぶ たりとも。

その年代の方には珍しく、簡単な英語を話した父だった。



若き頃
父を、家への反発、出奔、無頼へ駆り立てたものはなんだったのか。

    

          人一倍、故郷鹿児島への愛着と、
          ふるさとへの郷愁を持っていた事も私は知っている。



オールバック、長身。
薩摩隼人らしい、濃い眉と端整なまなざしの強さ。
若い頃の写真の父は、エルビスかジェームスディ-ンのよう。(!)
きかん気に溢れた青さ、そして
生涯変わらなかった、過ぎるほどの<一本木さ>無垢が
その写真から見える。



翻ればそれは、この現代では弱さでもあったのだろう。
社会、他人との関わりに関して父は生涯、<学ぶ>ことはなかった。

皆が大人になるにつれ、身に着けていく処世、諦めのようなもの
忘れていってしまう何かを
父は持つことなく、ある意味、無垢であるまま
命を全うした。

こうして言葉にすると、格好よく響くけれど
父本人にすれば、満身創痍、苦難の多かった生涯だったことだろう。
父の人情深さ、純粋さを利用したり、傷つけた人の存在も子供ながらに分かっていた。

今ならば
お父さんの持っているものって、希少価値ですよ、この現代で。
誇りに思うべきですよ、と言えたのに。
お父さんらしく、生きていきましょう、私たちらしく。
そんな気持ちになれたなら、怖いものなど何にもない、と

今なら自信持って言えるのに。


でも、私は
父自身の、無垢さを
生涯持ち続け、まっとうしたお父さんを、今改めて
誇りに思います、と伝えたい気持ちで一杯だ。

もう、逢えないのだという、現実の前で得た実感は
<私の見ること、感じることは父もいっしょ>
<私の中に父はいる>


娘として、<父の生きた道>
父のファミリーを通して見えてきた<日本の戦後>

ただの一個人の実感として
それらを深く見据えなさいと、その背中で
<種>を植えるように残してくれた父とその
一族、母にも感謝しているし

そんな、ひとりの人間としての実感で
戦争を、歴史を
世界の現実をみることが、今、大切のような気がしている。


私は、6-7年前の
桜がまさに、満開になろうとする4月のはじめに
念願だった靖国神社へのお参りをした。
Kちゃんと、そのパパといっしょに。

私の叔父様である、特攻隊に志願し、亡くなったその方の
小さな御遺影とともに。
亡き父と共におまいりする気持ちだった。


叔父様の残した、家族への最期のたより(遺書)に
<子孫にも伝えたい事はやまやまですが、書けません>
と。

胸に響いた。
ただ、頭を垂れる事しか出来ない、そんな思い。
想像することが許されるものならば、
無念さというよりも
私たち、後に続く者への押さえ切れないメッセージがこめられていると
私は、感じた。

それは、何であったのですか?

託されているのだ、そう思った。





一体どれだけの方が
先の戦争で傷ついたのか、これは
日本だけでなくて、アメリカ、韓国(現代の呼び方だけれど)、中国
ドイツ。。とにかく、国の区別などなく、いち、人間として
不変のものとしてのいたみ。

それがあるはずだと思う。分かち合えるものが。
そんなごくごく、当たり前の、不変の、人の温かさなんてものこそ
どんな時も底知れぬ力を発揮し
不可能を可能にする。
どんな綿密な<計画><計算>もかなわぬ力。

きけ わだつみのこえに涙すること
ユンドンチュの清冽な詩に感動すること
大地の子 で残されてしまった日本人の子供を
当たり前のように、わが子として育てるおおらかな愛情にも涙する。

私には全て分け隔てない、涙であり、思い。



ところで、

<お墓参り>へ行く行為を非難されたら?
理解を超えることだ。

私はそこに、<敗戦国だからだよ>という
メッセージを受け取る。
情けない気持ちにもなる。いじめと変わらない。
時折目にする、抗議とは言いがたい暴力行為は
侮辱以外の何ものでもないし、
彼らにとって何が一体、大切なものなのか
何が、本当の目的なのかと思ってしまう。

事実を知る事
が、重要、それは時には
理不尽な行為、攻撃を
それと明確に指摘する為。

攻撃でなくね、それが難しいのだ。

優しさこそ真のインテリジェンスが現れるという、言葉があった。
しかし、理不尽なことを受け流すのは
美徳でもなんでもない。
もしも、国内事情の為に日本のこの問題が利用されているとしたら
それは恐ろしくすらある。







話が飛びに飛びました。

冒頭の夢
念願の一時帰国が叶う事となった次の日、
遅れていたKちゃんのGCが届いた次の晩に見た夢なんです。

とても久し振りに、夢に来てくれた父。

よかったな、待ってるぞ。
と、
おめでとうもいってもらえたような気がしました。

これでやっと、スタートなのかもしれません。
お父さん、私といっしょにこれからも、色んなことを
見ていきましょうね。

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by nao-mischa | 2006-08-15 13:40 | 日本
2006年 08月 04日

また逢いましょう 第二の故郷Germantown Part 1


最終日。
手順、手際がよいとはいえないワタクシは
前日からぼちぼちと、パッキングを始めておりました。
最後まで使うものは残して、と、でも何だか遅々としてすすまず。

Dを送り出したあと、ジョシュアとお風呂、そして身づくろいをすませ
ホテルの周りを散策してみた。

蝉の声。
しっとりした朝露を含んだ空気。濃いみどり。

日本で生まれ育った私には懐かしい夏、ABQの砂漠気候は
余りに<異国>。

眠ってしまったジョシュアを連れて此処での最後のランチ。
クラスメートのお三方とご一緒に、<UNO>で。



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初日も此処だった。

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UNO 特製ハンバーガーか、これも特製、DeepDish Pizzaか
パスタか、ビーフシチューか
迷ったけれど、結局、ライスがあるし、とこれを

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ステーキのランチセット、ベジスープを選んで。
スープも花まる!亀まるもの!

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またまた、お肉!!
念願だったので。期待通りの美味しさ。

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日本にいる頃は、避けていたUSAビーフ、こんなに平気で食すことになろうとは。。
和牛とまた、違うテイストだと思いますよ。違う美味しさがある。

霜降りの、とろけるような和牛がやはり一番(私的には)だけど
<吉野家>さんが、うちの牛丼はUSAビーフでないと、だめ!
と仰るのも、わかる気がする。

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彼のピッツア。
お肉好きの彼とシェアしました、ステーキ。



Daniel宅でのホームパーティーに持参する何かを。。と

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MDでもこのあたりでもメジャーなグローサリーストア、Giantへ。
ボストンコーヒーシナモンケーキを。

早めに出発したけれど、いつもの事ながらD.C.周辺は渋滞を覚悟しないといけない。

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何度も何度も、通った道。
不思議に、<どこか近場へ出かけて、家に戻ってきた>
というような感覚が抜けない。まだ住んでいる感覚。

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子供達の遊ぶ様子ときたら、もっと!
帰りたくないよ、とKちゃん、日本語で呟いた時は胸が痛かった。

Cenkは相変わらず、繊細なやさしさ。小鹿のようなDanielも、
3人で遊ぶ様子は、子犬のようなあどけなさだ。
Kちゃん、ジョシュア、私の3人でMDに留まらなければならなかった時
もう一人、ヨシとこの子達がどれだけ助けてくれただろう。ただ、
その存在だけで。

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Kちゃんの通った小学校。

3歳から、4年生の秋まで慣れ親しんだクラスメート、
学校、日本という環境 親類、父親と離れ、新しいこの地で暮らすことになったKちゃん。

こうして、再び訪れることができ、お友達に会うことができた今回、
改めて思い出した、Kちゃんの姿があった。

    <続きます。。>
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by nao-mischa | 2006-08-04 22:10 | アメリカ国内旅行 
2006年 08月 03日

Logans Road House



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池のほとりにある、このレストラン。
あつーい一日、まだ陽の高いうちに出かけた。

車を降りると、おいしそうなグリルの香りが。

そしてDが、<Wood Chuck!>と、叫んだ。
<やまねずみ ロッキーチャック>というアニメ (かなり古いなあ)
でおなじみ(?)の、ウッドチャックなる、動物が毛づくろいしていた。

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小さくて。。みえるかな。初めて見た。
それにしても、Dの野生動物を見つける鋭い目には、いつも驚かされる。
ウサギ、鳥、ロードランナー、猫...なんでも。
ハエをみつけると目つきが変わり、あっという間に退治してしまう。

野獣の本能?(笑)


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池に面したテラス席もあるけれど、風のない暑い日だったので室内へ。

ガラス張りのBBQルーム?があり、いい匂いが漂う。
ちょっと懐かしめのRockが流れていて、人々のざわめき、
沢山のウエイター達も活気に溢れていていい雰囲気。

まず、びっくりして、いいなあ!!と思ったのは

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床一杯に、落ちているピーナツ(落花生)の殻。
ざくざく、踏みながら席に着いた。テーブルには  
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バケツ一杯の、フリーの落花生。塩がきいていておいしい。

Draft(生ビール)を注文。

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メニューもこれ。かわいいね。

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ふっわふわのパン。いくらでも食べられそうなほど。
ジョシュアもすっかり気に入ったよう。

やっぱり、お肉!で、選んだのは<Logans>このレストランの名前入りの
サーロインステーキセット。

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フライドオニオン、マッシュルームのソテーの
彩りと香りが、食欲をそそる!

付け合せはベークドポテトと、野菜のグリルにした。


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これが、素晴らしかった!!
目からうろこ、未知だった美味しさ!

ズッキーニ、パプリカ、レッドオニオン、イタリアントマト、イエロースカッシュ。
香ばしい焦げ目。やや強めに振られている、Sea salt。
きっと、かなり強火で、短時間で焼き上げられている時についた
あぶり焼きの、フレーバーが決めてだな。

どれも、ほぼ<レア>仕上げ。
生状態でそれぞれの野菜のうまみと、歯応え、香りがそのまま
こうばしさとの調和が、Fantastic!! 驚きのおいしさ。

こんな、野菜の美味しい食べ方もあったのか!と思いながら
いただきました。

オリーブオイル、レモン、セージなどでマリネするみたい。
ぜひ、ぜひ、おためしを。
ガーリックSea Salt、がりがり挽いて使うものがよさそう。
周りだけ強火で、中は生!

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おなかいっぱい、外へ出てレストランの周りを囲む、サイドウォークで一休み。

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1才10ヶ月、ボクもたのしんでいるよ!

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明日は最終日。
MDで皆さんが、パーティーを開いてくれる事になっている。
Kちゃん、楽しんでいるよね。明日ね!
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by nao-mischa | 2006-08-03 03:07 | 食べ歩きアメリカン他
2006年 08月 02日

アメリカンな食欲 Red Hot And Blue BBQ   


すっかり、<ヴァージニア食べ歩き記>になりそうな。
先週の土曜日に帰って来ました。楽しい旅でした!

後半のVR滞在の様子を。

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Red Hot & Blue BBQ

メンフィススタイルBBQとのこと。 ファストフードのようなカウンターで注文。
店内はこんな。


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メニューの多さに、いつものことながら、決めるのに時間がかかった。
なにか、この店らしいもの、と
リブと大好きなシュリンプのコンボを注文。

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ランチにしてはいいお値段14ドルちょっと。せっかくだからいいよね。
カクテルソースとサウザンアイランドソース。
ミニコーンブレッド、手前のおだんごは、<ハッシュパピー>
あたくしは(笑)余り好きでない、コーンミールのフライ。
シーフード料理の付け合せによく見られる。

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海老様!の勇姿。
クリスピーな衣、ジューシーでぷりっとした美しい身。
カクテルソースは勿論、ホースラデッシュのきいた大人の味。
これに、ホットソースを足すと、こたえられない美味しさ!



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これはDの選んだPulled Chicken Sandwich

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このポテトサラダ、見て!
ありがちな、あまあい味でなく、
薄味だけど、ポテトそのものの、濃いうまみ、こくのある味が口に広がる。
ベーコン、炒めたまねぎが見える。

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私のつけ合わせ、コールスローも、しかり。
甘すぎなくて、しゃきしゃきした歯応え。

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ポークリブ!BBQでしかだせないスモーキーフレーバー、
火に落ちた脂がこげた香りが、極上の風味になる。
やっぱり、ソースはたっぷりかけたい。
甘みのあるマイルドと、わたしはホットソースもかけるのが好き。

指をべとべとにして、くちのまわりもソースだらけ、手づかみでかぶりつく
醍醐味!

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モジョ??


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壁にはこんな写真。

お昼から食欲爆発。フレンチフライもクリスピーで、大満足でした。


ここ、VRに来ての、初めてランチをとった<UNO>
そこで感じた、かぐわしいステーキ、そしてそのソースの匂い。
以来、ずっとステーキモードだったのですが、この日の夕飯で
またまた、アメリカンなステーキにありつきました。
お肉を一日に二回!!

どうなってるの?お肉はいつもはほんの少しでいいのに。
大丈夫?
すっかり、アメリカンな食欲。どうしましょ。

    ...至福のディナーへ続く...
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by nao-mischa | 2006-08-02 22:29 | 食べ歩きアメリカン他