サンオブニューメキシコ <アメリカ暮らし>

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カテゴリ:日本里帰り2006暮れーお正月( 8 )


2007年 04月 29日

日本里帰り Part 9 姉一家と久し振りのお昼はやはりここ


朝ごはん 
納豆 豆腐と油揚げのお味噌汁 ピーマンと赤ウインナー ご飯 (おかわり)

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毎朝、よく食べました。美味しかった、ほんとうに。
私もお手伝いはしたけれど、作ってもらったお食事は嬉しく美味しい。殊に
母が作ってくれたものは格別。
お話しながら、というのも。

<今日は、お昼に00ちゃん(姉)が来るから支度しておこうね>と母。
お掃除などしているうちに、姉一家がやってきました。
お義兄さん(姉の夫)はまったくかわっていなかった。お元気そう。

そしていつもそうしていた様に、皆で車に乗って
あの、皆のお気に入りのお店へ向かった。

やっと空いていた、駐車場を確保しお店を覗くと
満席。
姉と並んでまつ。私達の後にも、お客さんはやってくる。
15分は待った。

こうちゃんの二つ年上の甥っ子と、こうちゃんはボールを見つけて遊んでいる。
15歳と13歳。昔と同じ。
ジョシュアは眠ってしまった。

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毎日でも食べられる。
うっとりしてしまう 美しいとさえいえる!
人生最後の晩餐に選ぶ食事は?の問いの答えの筆頭候補(笑)

(ずっと変わらずあってほしいので店名はやはり伏せます)

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広東ラーメン
ゆるすぎず、固すぎず、量も多すぎず少なすぎないあんかけの絶妙なバランス。
少しずつ、スープに絡めて、麺に絡めて食べ進めていくのも楽しく
美味しさに幸せを感じて夢中で食べてしまう!
お野菜一つ一つの完璧、丁寧な仕上げ。
けして伸びないプリプリの麺。
飽きの来ない味のスープ。
いつも、完食です。

初めてこうちゃんが頼んだ<塩コーンバターラーメン>

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美味しい美味しい、と、食べていました。

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ここに来て、この餃子を頼まないなんて考えられません!

ああ、お腹空いた。(笑)

向かいにはこうちゃんと甥っ子
隣には母
横のテーブルには、姉とお義兄さん。

いつもそうしていた頃に戻ったように、当たり前のように
こうしている事に気付き、でも、長い事、これも
どんなに焦がれ待っていたかも思い出した。
たかが3年、だが、待っている間は長かったなあ。

帰途、<ローソンでおやつを>という事になった。
コンビニも私にとって、お宝の山。
お弁当各種、柔らかいサンドイッチ、おにぎり
スナック、新しいインスタント麺、雑誌。。。。
ものめずらしくて、いつまでも<うろうろ>する私を尻目に皆は
帰る気配。急いで<おやつ>を選んだ。

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ふわふわのスポンジ、軽いのにクリーミーな生クリーム。コンビニでも
この美味しさ。アメリカのスイーツは重すぎて甘すぎてダメ。
メモ帳の<日本に帰ったら食べる物リスト>のひとつ、ショートケーキでした。

その後欲しくなるであろう、塩味(元々辛党なんです)に気に入ってしまった
かたあげポテト(なんてハイカロリーな食生活!いいんです、こんなときもあるさ)。
お昼を食べ損なったジョシュアに、と
焼き鮭ハラミおにぎり。

それと、こんな物を見つけて思わず買ってしまいました。
郷愁の

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お湯を入れてたべる、昔からやっていました。
8歳の頃、近所の<あっちゃん>というお姉さんがお家でご馳走してくれた時
おわんに入れてお湯を入れてくれた、その湯気のいい匂いが
衝撃的だったし、伸びかかったような麺の食感がそれでも目新しくて
面白美味しく、最後に残ったスープのじゃんくな素晴らしい美味しさ!

アメリカでも<ベビースター>は手に入る。Smith'sというストア(アジア系ではないのに)
に、おいてある。時々買ってきては
<おわん> お味噌汁のおわんでなければいけない! にお湯と一緒に
1-2分待って、小さいスプーンで、さあ、どうぞ。
いつも、思い出されるあの日と<あっちゃん>。
いまでもそうして、いただいている42歳。

家に戻り
外で遊ぶ甥っ子とこうちゃん
仕事の話などする、姉と母。
これだなあ。落ち着くなあ。会話。
一言でも通じ合う。楽だなあ。あたたかいなあ。しみじみ。

夕飯も一緒に鉄板焼き!
ジョシュアは姉とお留守番、皆で近所の<サンサンクック>というスーパーへお買い物。

薄切り肉なんて長い事見ていなかった、<豚トロ>なんてまして。
わくわく。和牛ですよ、それも。

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厚揚げも焼いた。
最後に富士宮やきそば、お義兄さんが焼いてくれました。
おいしかった。。。。

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泊まりたそうにしていた甥っ子。
東京へバレエ観劇に行っていた姪っ子(高校生)を三島まで
お迎えに行く時間、と帰っていきました。
大晦日にまた来るねと。

8時半。もう眠くて眠くて母より先に床についてしまったこの日。
よく食べました。
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by nao-mischa | 2007-04-29 00:21 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 04月 26日

日本里帰り Part8 12/23 昔に戻ったような日常



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電線が邪魔でしたが撮らずに居られなかった 夕方
御殿場市 中山?からの富士山



朝、3時半にトイレに起き、ジョシュアも目を覚ましてしまった為
そのまま起きている事にし、年賀状を書いたりして、皆が起きるまでやり過ごす。

この朝は、こうちゃんもよく寝ていて、いつもは5時半に起きる母も起きず
上に様子を見に行こうと思っていたところ、7時に母起床。

朝ごはんは、アメリカに居る頃から母に<帰ったら、つくってね>
とお願いしてあった、これでした。

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母は、おそばよりうどん派。細うどん派。

甘辛く煮た牛肉(細切れ、切り落としが美味しい)をのせる。
アメリカで何度も思い描いた、母の味。

この日は、お肉が大盤振る舞いでした、いつもよりも。
これが食べたかった!美味しい!!といいながらいただいた。

昨日の続き、懐かしい荷物のチェック。
探したかった、<こうちゃんのお手紙集>も見つかった。
↑こうちゃんが字を覚えたての頃からの、私へのお手紙を集めた袋。
<ままえいごをがんばてね、えいごをしてね>  を の文字が
左右逆向きだったり。

お昼は昨日買ったお寿司の残り、生ラーメン味噌味。

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こたつで皆で食べました。

またラーメン。はい。
大好物だし、ずっと待っていた。

土曜日だったのですね。メモには<メレンゲの気持ち>をみたと。
霜降り和牛の特集や、でぶや(この地域は土曜のお昼放映)泉ピン子の
バスガイドが橋田寿賀子宅を訪ねる、という番組を大笑いしながら見たり。
(このプログラムの大ファンになった、後、これは<ぴったん子さん>と知りました)

HACというドラッグストアへ。
薬はもちろん食品から、日用品、化粧品、何でもそろう。
もう、何から何まで私には宝の山。
サランラップ、ごみふくろ、アトリックスハンドクリーム
洗濯バサミ、生理用品、日本の食パン。。。

高価な為、宝物のようにいただいていた<赤いきつね>うどんがセール中。
なんと、驚きの67円。
アメリカでは通販で1.99c。小売店では2.75cもする。
箱買いしました。
風邪気味のジョシュアのため、シロップも。<桃味>
チェリー味、バブルガム味は嫌がる彼ですが、これは飲んでいました。
<カルビー固あげポテト><ちーかま>などのおかしも。
たのしくお買い上げ、で、外に出ると家までの道が凄い渋滞。

これは、<時之すみか>のライトアップを見に来た観光客の渋滞、とのこと。
23日、土曜日。ということで、各地からどっと押し寄せていたよう。

いつもなら、真っ直ぐ2分そこそこでつくものがこの日は一時間以上。
地元だからと、あちこち回ったが何処も、渋滞。

でも、回り道の途中、閉店していた中華料理屋さんが営業再開しているのをみつけ
美味しそうな匂いも楽しんだ。
<街の中華や>といった風情のお店。

やっと帰り着き、あるもので夕飯にしようねとお風呂の支度をしていたら
パパよりTel.夕飯のお誘い。近場で、という事で
<和さび>という和食やへいくことになった。

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白身(何の魚か忘れました)うす造り ポン酢ともみじおろし。

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シーザーサラダ 温泉卵添え

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海鮮丼 右のおだしをかける。母の頼んだ物。

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汲み上げ豆腐?美味しかった。

ここはかなりメニューが少なくなっていた。でも、お手頃価格で
美味しい和食がいただけるお店。

帰るときもまだ、渋滞は続いていた。
お茶を飲んでいって、とお願いしパパに寄ってもらった。
しばらくしてパパはこうちゃんとこたつで寝てしまった。

日本を発つ前もこんなふうに寝ていたな、二人で。
こうちゃんは、もっと小さかったけれど。



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レストランで紙ナフキンにこうちゃんが書いた、似顔絵。
パパ こうちゃん ジョシュア 

特徴がよく出ているし、私にとっては<大傑作>
たからもの。
どんな気持ちで描いたのかな?

現物は、日本の母のところにおいて来ました。
今頃、母の食卓の写真立てに入っているかな。
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by nao-mischa | 2007-04-26 02:39 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 04月 21日

日本里帰り Part7 興味深く町を巡る 12/22 ’06

 
ご無沙汰です。
もう、夏休みの日本行きチケット手配の時期となりました。
前回、年末の、3年ぶりの里帰りの記録もまだ完成していないのに、で
エンジンかけて何とかできるとこまで頑張ってみましょう。


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車窓のこんな風景にしみじみ心奪われる

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<高級>らしからぬ佇まい(失礼!)あったなあ、白鳥マークは信頼の印

前日は、かなり頑張ってあちこち回ったので皆、かなり疲れていた。
今日はうちでゆっくりしようね、という事で
私は、ずーっと待ち望んでいた、懐かしい私の荷物、
3年前に慌しく、住まいを閉じ、たくさんのものを泣く泣く捨てたが
それでも残した物を母が預かってくれていた
それらと久々の対面を楽しんだ。

本、写真、こうちゃんの昔の洋服(ジョシュアが生まれると分かっていたらもっと
取って置いたのに。。)ずっと聞きたくて(帰るまでの我慢、と)待っていた、懐かしい音楽
趣味だった<白タオルコレクション>UCHINOが好きだった
等など、あんなに捨てたのにこんなに一杯、時間が無くて
ダンボール山積みのまま日本を発って母に迷惑をかけてしまったのだが
此処まで整理してくれた母に、家に保管してくれている事にまた
あらためて感謝した。
こうちゃんの勉強机。
引き出しを開けても、何処を見ても懐かしい!!物で溢れていたし
母なりに、飾り付けてくれている事が分かる。

何処に何があるのか確認もしながら入り込んでいたら
なんと警察から電話。何事か、と思ったら母の免許証がおとしものとして
届いているので、取りに来て下さいとの事。
コピー機に置いたままだったのね、置き忘れたた事も知らなかった母。

笑いながら、<やっぱり出かけなくちゃいけなくなっちゃったね>
支度をして、沼津へ向かう。

母の家に来る度、よく行っていた<Seifu>このショッピングセンターの地下にある
軽食コーナーに寄るのも楽しみだった。
クレープ フライドポテト そば ラーメン 大判焼き フランクフルト。。
B級グルメの王道。
麺類が結構美味しい。丁寧に作っているのだろうなと分かる。出来合いであろうと。

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私は今日は味噌。母とこうちゃんは醤油。

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おいしそうでしょう?なんか嬉しくなるのだ。
お子ちゃま連れのご家族やご年配のご夫婦などに囲まれて。
プラのコップにセルフのお冷。
ここに着たらやはりこれが無くては。


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からしを一杯つけて。大好き。


ジョシュアもラーメン大好きです。
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めざす駅前交番。駅前を歩く。と。突然
<こう○○○!!>
こうちゃんを呼ぶ声が飛んできた。みると、こうちゃんの元クラスメートの
男の子達が3人。目を丸くしてこちらをみていた。
幼稚園からずっと一緒だったみんなだ。私のほうが興奮してしまった。
嬉しかった。大きくはなったけれど、まだまだ面影はあの頃のまま。
にこにこしながらも、何を話せばいいのかなという感じの彼達をよそに
近況を聞いたりお母さんにもよろしくね、など大興奮でまくし立てた私
さよなら言った後ですぐ反省、恥ずかしくなった。
子供達にしゃべらせてあげれば。。と。でも本当に嬉しかったのだ。偶然の再会が。
大きくなった3人を見て。

交番にて。
母が手続きをしている間壁に貼られた<尋ね人>のポスターが目に付いた。
大きな体にあどけない表情。丸刈り。やさしい目。
<人なつこく優しい子です。OOちゃんと呼ばれていました>
あのこころやさしいダウンちゃんのようだった。
ご両親はどんなに胸痛めておられるか。わたしたちにみえないもの
失ってゆく何かを持ち続ける彼達の無垢さ。
目頭が熱くなった。

<ステーションビル>と呼ばれる、駅とつながるショッピングエリア。
ここは、日本を発った当時とそんなに変わっていなかった。

八百屋 沼津ならではの新鮮なお魚屋さん(お寿司のパックもある) テンジンヤという
お惣菜屋 精肉店 ベーカリー(明太子バゲットがおいしい!)お茶屋
練り物屋などなど。。

不二家にまず、直行して<ショートケーキ>を買った。これも日本の味。
アメリカでは食べられなかった。ケーキは一口でもう、だめ。甘すぎるのだ。
ふんわり、しっとりの生地、甘さ控えめ(不二家は結構甘いが)
クリーミーなのにとける様に軽いクリームもアメリカでは、なかった。


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夢のようなこの風景。大袈裟でなく。
魚だ!うなぎだ!イカ!

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お寿司のパックをかいました。<鯵にぎり>もあるのはやはり沼津。母の大好物。
鯛のかぶとを見て、煮つけが食べたいなあ、美味しいんだよね、といったら
母が買ってくれました。

今思い出してもうなってしまう。
新鮮なお魚を食べたい!!ここ内陸、砂漠気候の
ABQでは手に入らない。切り身の冷凍はあるけれど、非常に水っぽく
新鮮でない匂いがする。
沼津港のお寿司。。夢のようだ、今の私には。

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ちょっと笑ってしまった。こんなところでこの方に逢うなんて。
でも、ジュースの自動販売機も久し振りに見て、新鮮だった物のひとつ。
アメリカにもありそうな気がするでしょう、でも、ないし
清涼飲料水も種類が豊富そうでいて、いえいえ、日本には叶いません。

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おいしそうな物ばかり。
すっきり後味さわやかな<ももジュース><和歌山産みかんジュース>
なにより、お茶!
日本て凄い!ブラボー!


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帰途、母が<セルフのガソリンスタンドに挑戦してみよう>と立ち寄った。
この、きめ細かいサービス。親切さ。ちょっと面白くもある。

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煙草の自動販売機。賛否はあるだろうけれど
日本ならでは、と思う。アメリカではまずありえないし、仮に置いたとしても
一日とおかず、壊されるか、無くなる(盗まれて)はめになるのではないか。

法律によってコントロールしなければならない犯罪の質、量
だけでなく、<人>そのものの多様性-教育程度、携える常識(良識?)の
幅広さ底知れなさ。。などなどが日本とは桁外れに違う。

日本より煙草、アルコールに対する法律は厳しいのは現実、
でも、そこには欠落している何かがある、と
思ったきっかけとなった事が起こったのは、ここ、NM アルバカーキに引っ越して間もない頃。

スーパーで買い物中、眠ったしまったジョシュアを左手に抱え、清算。
動けない私に代わり、カートから商品を出してくれた、当時12歳の我が息子こうちゃん。
その中には<ビール>があった。

キャッシャーは私の番になると何もいわずそこを去り、誰かと難しい顔で話している。

戻ったキャッシャーはマネージャーを伴い、ものすごい批難の目で私を見た。
ここでは、未成年がアルコール飲料に触る事が法律違反なのだそうだ。
何が起こったのか、理解できなかったのは始めだけ。
何しろ、キャッシャーの目は大悪人を見るそれだった。

貴女のした事は法律違反なんですよ、申し訳ないけれど。というマネージャー。
全く知らなかったんです。引っ越してきたばかりで。
この状況で、この子が助けてくれただけなのは分かりますよね。
彼とはそんな話で終わったが、清算を始めたキャッシャーには目を真っ直ぐ見て言い募った。
眠った子を抱えているのをみていた、そうでしょう。
助ける事ができたわよね、いったいあなたは、私に何をしようとしたのよ!
警察を呼ぼうとしたわけ?!こうちゃんの制止が入る。
彼女の悪意とも見える非難の目に値する事を私がしたとは思わなかったから
引かなかったのだ。
触ってはいけないのよ、と注意することだってできたはず。一体何が彼女に
そうさせたのか理解を超えることだった。

<呼んでみなさいよ!!>と、いいそうだったがいえなかった。
当時まだ、GC(グリーンカード)待ちの状況。
ちょっと危なかった。でも、カチン、と来る事を言われたらその場で思ったことを
表現しないとだめ!と何度かの経験と、
この地の方々のTemperのあり方から学んだのだ。
(実は私にとり、非常に疲れること、でも、ここではそうしなければならない時もあるのです)
件のビールは買わずに帰り。



<これがアメリカのJusticeか>
実感した。
間違いなく、そのキャッシャーの持つ正義とは、そんなうすっぺらな法律がすべて。

青少年の為の法ではなく、Companyの責任回避にしか働かない法律。
本質を見失った、道徳。



アメリカの抱える<弱さ>のひとつを見る思いがしたひとコマ。






この日はパパからお誘いで、母も一緒に<甲羅本店>へ。
そこそこお手頃価格で、美味しいかにがいただける。
よく、3人で来た思いで一杯のお店のひとつ。

蟹のほかにも、季節のお料理がある。秋は松茸をかにと一緒に網焼きで。
冬はちょっとふぐもある。

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たらばのにんにく蒸し↓これがとっても美味しい!

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ナンプラー、にんにく、香菜と唐辛しにたくさんのねぎ。


おちびさんだったこうちゃんがいつも頼んでいたこれ。

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かにクリームコロッケ

こってりをもう一品、だいじょうぶ?

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この日は夕飯前にこうちゃんはパパと
念願だった<ゴルフ練習場>(打ちっぱなし)へ行ったのでした。

このレストランでも並んで座って楽しそうな二人を見て嬉しかった。



パパが<ママに>と、剥いてくれたたらば蟹。
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ごちそうさま!かにはやっぱり美味しいですね!
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by nao-mischa | 2007-04-21 22:04 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 03月 02日

ついに再訪叶う!思い出の店 里帰りPart6


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こんなのどかな一画に そのお店がある

12/21
今朝も美味しい朝ごはん

里芋と白菜のお味噌汁を母が作ってくれた。あたたまる。
書いていて、また食べたくなってしまった。

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ご飯の美味しさも、やはり日本。アメリカでもCA産のコシヒカリ種、ササニシキ種
秋田こまちもひとめぼれも手に入るけれど、何かが違う。
炊き上がりが、硬くなってしまうか柔らかすぎかどちらかで炊き立てはいいけれど
少し時間が経つと、団子のようになってしまう。お米は美味しくないと!!
概して日本より小粒。冷ご飯の味で分かる気がする、美味しさが。
色々試したけれど、<田牧ゴールド>がよかったかな。


さあ、きょうも皆で活動開始!母の運転でゴー!
まず、近所の小さな郵便局へ。国際船便の郵送料金表をいただくため。
職員さんは3人ほど。母がアメリカへ(私に)送る際いつもお世話になっている皆さんだ。


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幟も懐かしく微笑ましく 日本の風景

そして転入手続きに<支所>へ。(私はGC保持、米在住の日本国籍で
海外在住中という手続きはしていない。前回、里帰りの時は住まいを閉じるのに
精一杯、住民票移動できず、そのままだったので今回,実家へそれを移したのです)

こんにちは、と入ると職員の方皆さんが挨拶を返してくださる。どうぞお座り下さい、
今日はどんな御用で、とその日本語!と丁寧さに感動してしまった。
見ず知らずの人にも、日本語で話せる、その理由だけで懐かしさと親しみを感じることに
<畳み掛けるような英語>の世界にいたのだなあと、しみじみ感じた。

こうちゃんのパスポート申請のための戸籍は、本籍が此処ではない為とれず。
お昼の後、沼津へ向かう事になった。


こうちゃんとの合言葉 <帰ったら、まず、○○のラーメン>
どんなに焦がれたか、待っていたか。
私の、こうちゃんの、そして我が家族皆の一番のお気に入りのお店。
母の家にそろうと、<○○でお昼にしよう!>父の墓参りの帰りも皆で。


私にとって
<一番美味しいラーメン>は、ここ!いろんなグルメな新しいラーメンもいいけれど
それらを超越した心のふるさとのような、思い出にも溢れた特別な店なのだ。
(ラーメンのもここが一番!)





昭和58年の一月、新しくできたお店があるよ、と雪の降る日
父に連れられて家族で来たのが始めだった。ずっーと前にメニューからなくなったが
父は<ちゃんぽん>を頼んだ事を憶えている。
その父は、2ヵ月後交通事故で亡くなった。(もうすぐ命日ですねお父さん!)

とあるローカルせんの小さな小さな駅の出口、その正面。
<お急ぎの方、ラーメンとラーメンセットは早くできます>なんてメニューにあった。
<中華料理>の赤い暖簾もそのまま。
開店前に行ったのだけど、外にはもう、待っている人が。
急ぎその後に並ぶ。
地元の人々に人気のお店なのだ。入れなかったこともよくあった。

ほどなく、白衣の奥さんが顔を出し、準備中の札をくるりと裏返し
<どうぞ>と。嬉しくて嬉しくて!
何にも、変わっていなかった店内。
いつもNHK、天井据付のテレビ。
赤いカウンター。お冷の機械、その横の雑誌用本棚。
22席程のこじんまりした店内はあっという間に一杯になった。

本棚から、<女性自身>いつもそうしていたように。でも
週刊誌を読むのは何年振りだろう。これもわくわく。
そうして待ち、ついに再会の、この一杯!

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此処に来るといつも、決まって<広東ラーメン>
甘さのない、キレのいいスープなんです。
つるつる、プリプリした麺が、気持ちよさそうなくらいタップリのスープに泳いでいる。
最後まで伸びない。
そして、<具>の素晴らしさ、写真でお分かりいただけるかと。
椎茸は丸ごと。肉厚でとろみとスープの美味しい脂をこれでもか!と含んでいるので
あちち!やけどしそうな、でもその美味しさといったら!
白菜もしゃきしゃきでありながら、甘みが出ている。どのお野菜もそう。
素人にはできない業。(プロでもここまでできない人は一杯いると思う)
↓に見える、豚肉さんも。
衣で包まれている。きっとこれはロースかな?溶けるよう。
で、うまみたっぷり。


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きくらげ、小エビ、そしてウズラの卵(嬉)は最後にとっておくスペシャル!

なんでもおいしいこのお店。
餃子も一番!

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一人一皿、ぺろりと入ってしまう美味しさ。しつこくなさ。
わたしはご飯も頼み、夢だった
<おいしい餃子と、ほかほか銀シャリ>まで堪能した。

興奮して、こうちゃんと母の頼んだ物の写真を撮るのを忘れてしまったこの日。

別の日に行った時の写真

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近所には、こんな古い店舗跡。

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戦後すぐ?それとも、昭和30年代くらいか?
米軍はその頃、このあたりにもういたのだろうか
(富士の麓にCampFujiが今現在もある)
<波止場>という文字が消えかかっている。飲み屋だったのかな。
この写真を撮るまで気付かなかった。

子供の頃は、ここはこのあたりの子供が集う、駄菓子やだった。
狭い店内、壁をびっしり埋め尽くす駄菓子、ちっちゃな玩具類。
目立つ所にくじ引きがあって、<いじわる>と評判のおばちゃんにお金を払って
ざらばん紙のくじを一枚引っ張る。
はずれ の景品は何だったのかは忘れてしまったが、いつもまぶしく眺めていたのは
丸い串カステラ。お気に入りは<ニッキの皮>
少女の心に訴える<リリアン>の蛍光色。
弟が熱中していた<仮面ライダースナック>のカード集め。(懐!)
これも買う?首を振ると、不機嫌な顔を隠さないおばさんも結構
おもちゃに詳しかったのでは?品揃え豊富で、ないだろうな、というような
弟の欲しい、プラモデルなどびっしりの店内からすっと取り出したりしていた気がする。

あの頃は、引っ越してきたばかりだったのだ。
夜が明けて、初めて見た富士山の威容におびえていた事を思い出す。

このあたりは富士山を望む小さな駅前商店街(だった、というほうがいいかな)
おでんを食べられるタバコ屋さん兼床屋さんもあった。(おでんはないが今も営業中)
床屋さんは弟の行きつけ。
来ると、必ず<おだちん>をもらえるから!10えんとか20えん程度のね。(笑)

壁につけられた簡単なテーブル、赤いドーナツ型パイプ椅子。
あの、いい匂い、思い出す。

時を忘れて入り込んでしまう、郷愁の日々。





車で40分、戸籍を取り、その足でパスポート申請書類提出へ向かい
目に付いたドラッグストアの品揃えにまたまた、狂喜し。

帰り道にある、大型ショッピングセンターで夕飯のお買い物。
すみ石鹸、入浴剤、シャンプー、etc。。
100円ショップでも母がたくさん買ってくれました。。

みんな疲れている様子。
お風呂に入ってゆっくり。

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<なんとか地鶏の手羽串>母と おいしそうね、と買ってきたもの。
いやー本当においしかったですよ。アメリカでは食べられない。

水入らず。
<渡る世間は鬼ばかり>を一緒に見ながらいただいた。
こうちゃんは早々に眠っていた。

あちこち回って、疲れたね。
お母さんお疲れ様でした。

2003年 前回の里帰りの際も行った○○ラーメン
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by nao-mischa | 2007-03-02 01:23 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 04日

日本里帰りPart 4 初らーめん

  
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9時頃、起床、と書いたけれど日記を見たら、6時には起きたようだ。
朝が早い母は、既に起きていた。<もう、おきたの?>

朝ごはんは
玉子焼き 豆腐のお味噌汁 母手作りの白菜のお漬物 炊きたてつやつやご飯!
お茶碗に3ばいお変わりしたけれど、まだ食べられそうだった。
しみじみ美味しかった。お漬物はこうちゃんのお気に入り。
漬けて待っていてくれたらしい。
玉子焼きは、これだけは、私にとって母のつくったものにかなう味はない。
お弁当の、家族で出かけたお昼の、そして朝ごはんも彩った思い出の味。

そして、熱く、濃く、薫り高いお茶。懐かしい湯呑みで。

一人で暮らす母の、こじんまりした台所。ダイニングテーブルは
私とこうちゃんの使っていたもの。棚の中には孫達の写真の数々。
私がアメリカから送った、ジョシュアとこうちゃんの写真もあった。
2003年の9月に撮った、私と母の写真も。

<クレマチスの丘>へこうちゃんと3人で行った時。
こんな風に、よく3人で出掛けた。けれどこの時は
アメリカ行き目前。様々な仕度等に追われる私を、母はどんな思いで
見ていたのだろうと、あらためて考える。

(母も私も植物が好き)花を見て回り
こうちゃんはチョコレートケーキを食べ、シャツに
チョコのしみをつけていたなあ。

その、白い壁のカフェ、オリーブの鉢植えの傍で
こうちゃんにシャッターを押してもらった写真。

たった3年少し前なのに全てが懐かしく遠く感じられるのは。

40歳を目の前に、今しかできないという確信
未知への好奇心と希望にあふれている様子が、眩しい。
充実の日々の中でした、決断。
今は、それを黙って見送ってくれた、見守り続けてくれた母やこうちゃんのパパ
大切な人々の当時の思いや、<Sinsere>みたいなものが
胸にしみる。


年代ものだった冷蔵庫は無くなって、<これくらいがちょうどいい大きさなの>
新しいものに変わっていたのと、キチンの床がフローリングに張り替えられていた。

<いいね>

冷蔵庫の上には前と同じように、小さなテレビ。
母の今のお気に入りのモーニングショーは<みの もんた>のなんとか(忘れました)
という番組。
当たり前だけど、日本語。
お金を払って取り寄せて観ていた日本のテレビ番組、なのだった。
CMも食い入るように見たし、変わっていないローカルなものには
大笑いした。

新聞。配達されるんだったなあ。
広告も楽しんで見て。。

<お風呂入っていい?>
ながーいこと、これも待ちわびていた、実家のお風呂。
入浴剤をいれて、熱めのお湯、首まで浸かった。
椅子に腰掛けて、シャンプー。タオルで髪を巻いて隅々まで
体を洗う!

入浴方法はどうしても馴れる事のできないアメリカの生活様式のひとつ。

バブルバスでからだをこすって、泡のついたままお風呂から上がるのは
私にはできない事。
シャワーの時も、韓国系のショップで買った風呂の椅子を使い
シャワーを止めて体を洗ったり、苦心して日本式入浴に近づけようと試みていたのだ。

<ああ、かえってきたんだ>
こうちゃんとジョシュア3人でお風呂に浸かって写真を撮ってもらった!






姉から電話があった。 <かえってきたよ!> よかったねえ、と、いつもと同じ様に話す
そんな姉のやり方が懐かしかった。

そしてパパからこうちゃんに電話。私も替わり、お昼のお誘い。
こうちゃんも私も<ラーメン!!>
どんなにどんなに、夢見ていたか。

お母さんとジョシュアも勿論一緒に、ヌマズへ向かう。
かつて住んでいた町。

東名高速への道。よく晴れた日だった。陽射しの温かさ。

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信号機、看板、景色のすべてが懐かしく嬉しくて
変わってないね、などと思いつくまま母たちに話しまくり(笑)
こんな写真も撮ってきました。



さて、目指した懐かしのラーメン屋さんは<ハルビン>
こうちゃんの学校のすぐ傍にあった。

<街の中華料理屋さん>といった感じのこのお店が開店したのは、
確か、こうちゃんが幼稚園に入園した頃?
店名のハルビンは正しくは、中国の都市名の漢字。
赤い外観。箱席が5-6つ、奥に、円卓のある畳敷きの座敷がひとつ(ふたつ?)
こじんまりした、あかるく整頓されたお店だった。

テレビが天井の下にあって
生ビールのポスター ― 浴衣の女性の ― が壁にあって。

アクセントのある日本語で<いらっしゃいませ>と迎えてくれるのは
奥さん。ご主人が厨房。
おそらく、中国出身の奥さん、注文取りから配膳、会計まで一人で
流暢な日本語でこなしていた。
声が良く通って、常に笑顔。 頭には白い三角巾。
そして、<マルコメくん>がふたり。時々奥から客席に顔をのぞかせたり
喧嘩したり。上の子がこうちゃんと同じ位の年齢だった。

お互いの子が同じ幼稚園に通い、近くに住んでいてよーく
行き来していた姉と、よくお昼をたべにきたし、幼稚園ママの友達や
母、パパとも来た。

いつも、<うまにラーメン>だった。細い麺がなんだか独特の香りと食感で
スープや具も他には無い美味しさ。
<タンメン>はタップリの野菜と、にんにくの粒も沢山スープに入っていて
<ボンゴレの味みたいね>と、姉と話したことがあった。
風邪なんて吹き飛びそうな栄養タップリの一品!
ラー油をたっぷり。

普通のラーメンはこうちゃんのお気に入り。きっと昔の支那そばって
こんな味なのだろうな、と思うような麺のかおりと
にぼしを感じる、すっきりでいて、美味しい脂っこさのある、しょうゆ味。
メンマも美味しかった。
チャーハンは、茶色、これも美味しい!!

後で喉が渇くのだけど、それがどうした!しょっぱいのかなあ、でも、美味しいから
いいじゃない! これがラーメンの醍醐味だった、その昔は。

後、忘れてはいけないのが<水餃子>
あつあつ、もちもちの皮の美味しさ、お肉とにらと
噛むとじわーと出てくる、スープ。なかなか、出会う機会の少ない
本物の水餃子、欠かさず注文していた。

各中華一品料理も充実。
そして手羽揚げなどのおつまみ、肉野菜炒めなどの定番も
レバニラ炒めは<これならわたしもたべられる!>
と、感じた素晴らしさ!だった。

生中二つですね、ワカリマシタ!
冷凍庫で冷やしてくれてあったジョッキは霜に覆われて真っ白。
乾杯!して飲むビールが空腹にしみる。
メンマなど、素朴でおいしいおつまみもいい。
テレビをBGMに小さいこうちゃん、パパとの、そんな安らかな日常。

出入りする度に鳴る、チャイムの音。
過ぎた日の、楽しい思い出のひとつが心にひろがるお店、として
アメリカで帰国を待ちわびる日々の中、何度思い出したかしれない。

再訪をこうちゃんと二人、楽しみにしていた店のひとつ、ハルビン。

懐かしい道を通って辿り着いた私達の目に入ってきたものは
<貸し店舗>
の、張り紙だった!

<!!>
言葉を失った私。
待っていてほしかったな。
でも、時が過ぎてゆくという事
こうしてすべて変わっていくのだ、とも思った。

忘れない。今も私の大好きな、想い出のお店。


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渡米直前の<ハルビン>の写真見つけました。
お店の皆さん、お元気でいらっしゃる事を祈ります。



気を取り直して、近くにある、これもよく行った<力家>というラーメン屋さんへ。
此処は、何にも変わっていなかった。
そしてここも、思い出すたび<たべたーい>と思う麻薬のような美味しさ。

年季の入った暖簾。
お店に入ると、もわっと、ラーメン屋さんの、あの<獣匂>に包まれる。
食欲に火!を点ける、あの懐かしいような。

ああ何年ぶり!待ちわびた、日本の、ほんもののラーメンがすぐそこに!!
自分で書いていて、恥ずかしいくらいだけど、本当にそんな気持ちだった。

いつもここでは、ラーメン(ふと麺 or 細麺) 小チャーハン のセットだった。
今日もそれを注文。
ビールのマークのお冷グラス。
テレビ。
カウンターでお店のご主人と話すお客さん。

いいな、この雰囲気。


そして...
感激の、初ラーメンが目の前に



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もうね、いいにおいで失神直前。
気合で写真を撮ったけれど、眩暈にも似たこの、過ぎる幸福感(笑)。

一口、すすって
<美味しいね~~、こうちゃん。。涙出そうに美味しいね>
母と、パパが笑って見ていた。

この、ナルトのかわいらしさ! コクのあるスープである事が分かっていただけると
思うのだけど。
のりの薫りも芳しく..

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チャーハンも感激の味!
なぜこんなに美味しくできるのか!
ここでも、なると(笑)
細かく切られたなるとチャンがいいお味(そうです、私は、なるとファンです)

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ぼけているけれど載せてしまう!
餃子も美味しかった!

ジョシュアも、思ったとおり、パクパク良く食べ、気に入った様子。

ラーメン、おかわりいけそうなくらい美味しくいただいた。
勿論、スープも残さず完食。


この後、MiniStop へ。
此処のソフトクリームの大ファンのパパ、私、こうちゃん。
私はここで <DHC Q10ミルク>を購入。
アメリカの通販では36OR 38ドル、此処では1500円。
量の確認はしていないけれど。
(後に980円の底値を見つけてくやしかった。。)


帰宅後、姉と姪と甥がやってきた。
玄関から<こんにちはー!>の大きな元気な声。
聞き覚えのある声とは違う、おとなっぽい声の15歳。

声のほうに行き、びっくり。あの、Yくんが、、、、。こんなに大きくなったなんて。
12歳ー15歳。変わる時期だと、覚悟はしていたけど、成長振りに驚いた。
ずっとこうちゃんと<キャッチボール>することを楽しみにしていてくれたこの子。
ふたりで外へ行き、早速始めていた。

姪っ子のRちゃん、もう高校生。お顔はずっと変わらない不思議な子。
でも、バレエで鍛えたすらりとした様子に大人っぽさがただよい始めているのが分かった。
<○○ちゃん>と私を愛称で呼ぶ子。(甥っ子もそう)
この子の視点から、流行、芸能関係、ファッションなどいまどきの
お話を聞くのが、昔から好きだったけど、今回も色々教わったね。
のだめカンタービレ、きもかわいい、プリ帳...。

姉は全く変わっていなかった。
始めに玄関でこうちゃん!!なんて大きな笑顔で私達を見て。
そして以前のような話し方。ああこうだったな、お母さんの家で皆で
こんな風に過ごして。。
と思ったのもつかの間。
アメリカにいたことなど、うそのよう、ずっとここに
住んでいるかのような気持ちに、すぐになってしまっていた。

受験生のYクン、こたつで塾の宿題を始めた。ジョシュアは彼がお気に入りのよう。
邪魔ばかりするジョシュアを見て<かわいい!>を連発するYクン。

パパと一緒に<バッティングセンター>へ行ったこうちゃん。
これも、こうちゃんの念願。
昔、パパはよくこうちゃんを連れて行ってくれた、男同士、二人の時間も
いいね、とほほえましく送り出していた。

お迎えの車に押さえ切れない嬉しい笑顔で乗り込むこうちゃんと、同じくらい
嬉しそうなパパを幸せな気持ちで見送り。

私は、母と近くに新しくできたスーパーへお買い物。
歩いて2-3分!

<SunSunクック>
スーパーへ行くのも、待ち望んでいた事。
全てが輝いて見えた!

沢山の日本の野菜。白菜、シメジ、みぶな、ゆず。。
豆腐、こんにゃく、しゃけ切り身、お刺身盛り合わせ
各お惣菜。。。
全て、限られた品揃え、保存状態も不確かな商品を<約、2倍>の値段なので
厳選のうえ購入し、大切に大切に使っていた日本食Inアメリカ
(私の住んできたエリアはそうだったが、地域によって事情は異なります)
だった。

宝の山!

あれもこれも、かごに入れたい気持ちを抑え、母と相談しながら今夜の
晩餐を選んだ。

まずは春菊のおひたし。

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スーパーのコロッケをずっと夢見ていた。こんな何気ないものが
恋しくなるアメリカ暮らしです。

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かりっと焼いて、生姜醤油、おかか、七味をかけて。
豆腐のあまみのある厚揚げも手に入らなかった。
ああ、しあわせ。


母と、<細木数子>の番組をみておしゃべりしながら
これらのご馳走と、<キリンモルツ>をいただいた。

知らない間にこんなに大人気になっていた細木数子さん。
一度、だいぶ前にアメリカで<ずばりいうわよ!>のビデオを買い、見たことがあった。
大人気なだけあって、面白いなあと思った。
母とおしゃべりしながら見るから、更に楽しめたのだろうな。
ツーといえばカー。
思ったことそのまま即座に、口に出せる気楽さ、幸せを
かみしめ。

石油ファンヒーターの匂いと温かさも嬉しく懐かしく。

ジョシュア君、1時過ぎまでらんらんに起きていました。
寝かせた後、ふらふらで眠った。
全身筋肉痛!!

重い手荷物、抵抗するジョシュアを抱え歩いたそのせいでしょう。
2-3日は、続いた。

明日から、役所関係の各手続きを始める。
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by nao-mischa | 2007-02-04 23:52 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 01日

日本里帰り Part 3 到着の夜ご飯-12/19


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懐かしい日本の風景
日本語の(!)高速の案内看板
回りを走る、日本車の数々。
中でも新鮮に見えたのは、軽自動車。
小ささ。その数の多さ。そしてバラエティ。

渋滞を知らせる電光掲示板。
高層ビル群。超!!高層マンション。
闇に沈んでいた東京湾。確かな<水>の気配。

睡魔にひきずりこまれながら、目を奪われ、また、意識朦朧とし。。。

<東京タワーだよ>
パパが、これまた寝ているこうちゃんを見るよう促す声ではっと外を見たり。
(リリーフランキ-の本を買わなくっちゃ)
痛い首を伸ばし、また眠りに。





渋谷で食事をすることに。
パパと3人で月に1、2回は来ていた馴染みの街。
これもいつもそうしていたように、西武に車を入れる。
省スペース。後ろ向き駐車。欧州外車の多さ。
日本を実感する。

風の強い夜の街へ。

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若者が行きかう渋谷の街中に少し不似合いな<龍飛>という割烹を目指した。
よーく来ていた思い出の店。
店頭の生簀にはすっぽんまでいた。
ふぐ、すっぽん、各種お鍋も食べられて、お食事はもちろん
居酒屋料理というより、少し格上の一品料理もあった。
ふぐ刺し、ふぐ天ぷら、手羽焼き、帆立バター焼き、焼きおにぎり、秋はいり銀杏
焼き松茸 などなどが好きだった。
まぐろも、やはり東京(築地のそばだから?)いいものがいただけた。

アメリカで何度ここのお料理を恋したか。
しかし。。
残念な事に改装中で、涙と、唾も、のんだ。

お店を探して歩く喧騒。
ぶつかりそうに歩く人々。
ラーメン屋の裏から流れる、魅惑的な香り!
吉野家の看板。コンビニ。ドラッグストア。
目を奪われっぱなし、浦島太郎の気分だった。

此処にしよう!と決めたのが<月の雫>という初めてのお店。

喫煙席があることに驚いてしまった。
でも、すぐ思い出した。そうだったなと。

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生ビールで乾杯!
これもアメリカでお目にかかれない、日本のおいしいもののひとつ。
きめ細かい泡。生きている泡の喉越し。かおり。
パパは運転なのでウーロン茶。で、私だけいただきました。

時差ぼけとビールでますますぼんやり。
次から次に来るお料理。全部憶えられなかった。。

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夢のように新鮮なお刺身が
口でとける!



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歯応え抜群!
 


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やまいも、大根サラダ。なんて繊細なお料理のセンス!そして健康的!
ハンバーガー体質も改善されるよ!夫に食べさせたい。


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元気だった?久し振り!逢いたかったよ。
涙の再会 そしてお口へ。

あま~~~い!

こうちゃんと分け合っていただき、昔と同じようにそういったら
パパも、昔と同じ顔で、嬉しそうに笑って見ていた。

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お寿司
正真正銘の。これがお寿司です!


何が食べたいか?何でも頼めよ。
こうちゃん、つくね、から揚げもたいらげていた。
この雰囲気、懐かしく幸せだった。


掬い豆腐も感涙モノのうまさ。。
私はやはり、日本人。

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高菜チャーハン
鷹のつめの輪切りが、ピリッと程よい辛味を演出。
これも、高菜の味を活かす、ほどよい醤油の香ばしさが食欲を刺激する。

此処はお豆腐料理が売りのようだった。
落とした照明、個室風つくりの客席。
従業員の対応もきめこまかくて、お料理もよかった。

どんな話をしたのだったか。
逢ったら、これも話そう、あれも話そうと、長い事思い続けてきたのに
ただ、昔にそのまま戻った様。ただただ、リラックス。
かなり、ぼんやりした頭で
それでも母の、パパの傍にいる幸せをかみしめた。

二人とも、一週間とおかず、電話でお話していたしね。

せめて、お礼はきちんと言った事を祈る私だ。

待ち続けていてくれた事
(心の)傍に居続けてくれたこと
心配かけてごめんなさい、も。

店をあとにして、ジョシュアの牛乳を買いに寄ったファミリーマート。

おにぎり、お茶のペットボトルの数々、お弁当、インスタント麺。。。
魅惑の光を放って私を誘っていた。
こうちゃん,<メロンパン>を買ってもらった。

車に乗るなり、爆睡してしまった。
インターを降り、すぐに懐かしい家、という所で目が覚めた。

ああ、本当に日本だ。見慣れた風景。

もっとおかしな、或は久し振りの感覚に包まれるのではと思っていた。けれど
日本にいた頃、よく、そうしていたように
30分のドライブで、こうちゃんを連れ、母のところに遊びに来た
その感覚と同じだったのには驚いた。

3年のブランクなんて嘘のようだった。

実家の匂い。
何も変わっていない。
私が生まれる前からある、柱時計の
時を刻む音。少しの間だけ、懐かしく、すぐに、ずっとそうだった様に
体にしみこんでいくのを感じた。
床の感触も。すべて。

お布団が敷いてあった。
いつものように、濃い熱いお煎茶を入れてくれる母。
こんな、ほっとする気持ちがあったなんて。

幸せな気持ちで、布団の感触を味わいながら眠った。

9時頃には目が覚めた。
母がいた。
日本だった。
姪っ子のバレエのパネルの数々が見えていた。

さあ、美味しい朝ごはんが !
日本式のお風呂だ!!朝風呂だ!!
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by nao-mischa | 2007-02-01 23:21 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 02月 01日

日本里帰り Part 2 出発_到着の夜


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もうすぐLA



もう、2月。
ここ、アルバカーキは今朝、何度目かの雪景色でした。

時を戻して。。



12/17 の早朝ABQ発 LAで乗り換えし成田へ向かう。
3年振りの国際線、<魔の二歳児>を連れ、夫なしでのフライト、ということで
ANAを選んだ今回。
米系のエアラインより、なんとなくだが安心できる気がしたので。

前日は夕方の4時から8時頃までやすみ、そのあとは準備の仕上げだった。
やっぱり、おにぎりとゆで卵を用意。もはや、恒例。
偏食気味のジョシュアもおにぎりは大好きだし。

心配は、パパとお別れの時のこと。眠っていてくれればいいのだけど、なにしろ
人と離れる時ひどくないてしまうのだ。

Dの様子も、淋しそうで胸痛んだ。27日に遅れて来るのだけれどね。
X’masツリーの下にカードとプレゼントを置いた。

まだ、暗いABQ空港は閑散として、まだチェックインカウンターも
開いていなかった。
心配したジョシュアは。。
帰りの便を一緒にする都合上、今日のチケットも購入してあった夫が
係員にお話し、機内まで入り、ジョシュアが私に抱かれてミルクを
飲んでいる間に、私に目で合図し外へ。
気付いていたのかいないのか、そのまま離陸。いつものように
眠ってしまい、ほっ。。。

夫がどうやって帰途についているのか、一人の家に戻るのだな、
私達の襲来(!)以前の、ひさーしぶりの独身を楽しんでほしいな
淋しくありませんように
などと、また、LAでの乗り継ぎもスムーズに行きますように
思い巡らせていた出発。

乗り継ぎはかなり余裕があったけれど、やはり巨大なLA空港。
移動もおたおた、あかんぼとストローラーを抱えて
特にシャトルバスに乗るのはきつかった。。。

さすがに日本人が沢山。
そしてこの日は初夏のように暑かった。
汗をかきながら、チェックインを終え、お昼。
フードスタンドで<おそば、ラーメン、カレーライス>を見つけて感激。
これだけで、早や日本気分一杯になる。
お腹はそれほど空いていなかったけれど、迷わず
ラーメン 9ドルちょっと をいただいた。
日本語があちこちから聞こえてくる。
長い事、味わっていなかったこの状況が嬉しかった。

このあたりの写真、おそらく日本にいる間に謝って消去してしまったようだ。
こうちゃんとも話したのだけど
<あのラーメンの写真撮らない筈ないよね>
<うん>

という事で、LA空港の写真はなし、です。残念。

いよいよ、搭乗、心からほっとした。辿り着けた事。

そういえば、グリーンカード待ちで何時帰れるかも知れない頃、運転の度に
<此処で事故など起こして死んだりしたら目も当てられない
生き抜くぞ!這ってでも>

運転だけでなく、どんな状況でも
<もう一度、お母さんに、なつかしいあのうちへ、こうちゃんを
パパに逢わせるまでは死ねない!>

と、オーバーに聞こえるだろけど、これが真実、執念だった。

そんな思いも浮かんだ。

それにしても。。。ジョシュアのパワー全開でこうちゃんとふたり
くたくた、トライアスロンをしているみたいだった。
搭乗を待つ間、<搭乗ぎりぎりまでストローラを使い、降りる時もすぐに
使えるように>(米系エアでは頼まずともそうなっている)頼んでおいたのに
片言の日本語を話す係員(フライトアテンダントかな)が
お預かりしますとか何とか言って、ストローラを持っていってしまった。

ああ、優先で通してくれるのねなんて思ったが、そうではなく。
そのあと、長い事、走り回るジョシュアを追いかけ抱き上げ連れ戻し。
抱かれるのを拒否!の時は巨大こんにゃくと化す、魔の二歳児(笑)

汗だく、早くも筋肉痛!
カシミアのセーターがあせでしっとり。寒いだろうと思い着てきたのだけど。

機内。
日本語の新聞が配られた!!
なんて嬉しかったか!
何処を読んでも、<わあーそうなの>広告も懐かしく。

機内サービスのスナック。
プレッツエルでも、ヒコーキ形のクラッカーでもない
あの、<あられ>!塩味のね。昆布入り。
そして、冷たいお茶の美味しさ!!!
私の知っている<おーいお茶>などではなかった。
<伊右衛門>という紙パックをみやって、これが今、人気なのだろうな。

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お願いしてあったチャイルドミール。
アメリカンな品揃え。チキンの胸肉とマッシュポテトなど。
ジョシュアはバターロールだけ。
美味しかったですよ。

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お蕎麦がなんといっても嬉しい。
これをメインにしてほしいな。
和食という事だったけれど、コーンと豆、赤ピーマンの組み合わせは
アメリカの中華、微妙な日本料理店を思い出させるものでした。

座席の前のテレビ。
邦画、洋画、ニュース、子供向け、日本のTV番組、音楽。。など
バラエティに富んでいてよかった。

シザーハンズを見て大泣きし、トリビアの泉の<消火器何本で人は飛べるか>をみて
こうちゃんと大笑いしたり。
ジョシュアは<ピングー>が気に入ったようだった。

NHKのニュースもほっとするものがあって嬉しかった。
寅さん、UDON...(讃岐うどん、美味しそうだった)

機内では、うとうととはするけれど眠れない。
<今頃、お母さんとパパは成田に向かっているころかな>

向かい風の為、到着が遅れる模様、とのこと。
時計を見ないようにして時間をやり過ごす。

結局一時間遅れだった。
着陸態勢に入るとアナウンスが流れた時は<ああ、とうとう!>
こうちゃんと日本の海を眺めた。

夢の中のようだった。
寝ていないこと、(時差ぼけというのか)疲れもあるのか
飛行機からおりて歩く日本は夢の中のようだった。

またしても、ストローラがなく。
重い手荷物(PCもあったのだ)を抱えジョシュアも抱え
バゲッジクレームを探していた時パイロットらしき御仁達に
場所を尋ねた時の対応の冷たさに
ああ日本なんだ、と感じましたよ。男性の違い、子連れへの不寛容なシステム。

手が痺れていた。

バゲッジクレームにいた、若い女性の係員(ANAの)に事情を話している間
こうちゃんがトランクなどと一緒にぐるぐる回っているストローラを発見。

彼女は詫びながら、トランクを降ろすのを手伝ってくれましたよ。
ありがとう。
それに比べて、男性達が恥知らずに思えた私の目は厳しすぎるのかな。

入国審査官も税関職員の方々も以前より柔和な感じがした。

母とこうちゃんのパパの待つ出口へ。
夢の中を歩くように。

独自の静けさ、これってなんなのだろう。
出迎えの人々の中にすぐに母とパパを見つけた。

いつも母が来ていたようなあの母らしい服。
帽子。
変わってない!よかった。。。

母は笑っていた。いつもの母だった。と思ったのは憶えているが後は記憶にない。

パパも笑っていたけれど、こうちゃんの手をとり
引き寄せて
頭と肩を抱きしめ、おおきくなったなあと震える声で泣いていた。

ただただ安心感。
ほっとした。大きな安心感に包まれ気が遠くなっていくようだった。

無事着いた、無事にまた、逢えたそれだけでない安心感。

もう、大丈夫。というような。
何も心配しなくたっていい。言葉は要らない。
自分を包んでくれる。
それは愛、絆のある故郷のぬくもりだったのだと
今、あらためて感じている。


成田の夜の空気をすいこみ、夕闇につつまれて
車に乗り込んでからも
もう大丈夫。の感覚でみちたりていた。
母の、パパの、私達の中に漂う温かさに目を閉じた。
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by nao-mischa | 2007-02-01 02:03 | 日本里帰り2006暮れーお正月
2007年 01月 26日

三年ぶりの日本里帰り Part1



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1月8日 午後5時

こうちゃん
君の胸には どんな思いがあるの

再び アメリカへ
離陸迄の僅かな 日本の夕闇

出国ゲートのむこうから 私達を見つめる 母の顔
植え込みの上から 顔ひとつ出して
手を振り涙顔で笑う母

直前のお昼ごはんの時
ティシューを探して母のバッグの中を

<乾燥梅>なんて入っていたこと

赤い 母お気に入りの手提げ
歩く様子

免許切れの私のため、<運転手>にさせてしまった、今回。
後ろの席からみた ハンドルを握る姿


色んな 母の姿が次から次に浮かび
胸締め付けられる思いで
涙が溢れて止まらなかった

いつもそうしていたように
お買い物 そしてお風呂の後の夕餉
TVを観ながらとりとめの無いおしゃべり
思ったことをポツリ だけで通じ合う会話

ずっとそうだったように
大晦日に会った 家族達

かわらないままの
温かい日本の街並み
そして
焦がれていた富士山

パパとこうちゃんの 幸せそうな姿

待っていてくれた大切な存在 肌で感じた絆

こんな思いを母とパパにもさせてしまっていること

拭いても拭いても 頬が乾くことなく
子供のように泣き続けていた


(2-3日は目が腫れていた こんなに泣いたのは久し振り)


12/18から1/8迄、あっという間に過ぎた3年ぶりの日本
家族との時間
日を追って記録しようと思う

ほんの数日で
まるでずうっと、ここに住んでいるかのような気持ちにさせてくれた
故郷だった。3年間、どんな思いで待っていたかをも、忘れさせるくらいに。
そしてあらためて、自分のした、決断の重さ、その意味を問い直しもした。
3年間に、こうちゃんと二人、通って来た道
乗り越えてきた事を、違う目で振り返る気にもなっている。


楽しかった。幸せだなあと感じ続けた毎日だった。
写真の表情に現れていると思う。
お食事の美味しさ!もね。
ここぞとばかり、食べまくってきました。

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成田からの足で降りた渋谷。
この雑踏も懐かしく、新鮮にも感じた。
わあー日本だな!と。

居酒屋、カフェ、ファーストフード、コンビニ
すべてが魅惑の光(笑)を放っていた。

街行く若い女の子
小柄だな、お洒落で可愛いなと感じた。
歩き方が..惜しいなと。でも懐かしさでいっぱい。

次回、出発から到着、初夜ご飯までを。
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by nao-mischa | 2007-01-26 03:49 | 日本里帰り2006暮れーお正月